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世捨て作家
世捨て作家
novelistID. 34670
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HOPE 第一部

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Episode2 変化


 私は見ていた。
 真昼の日射しが降り注ぐ校舎裏で、自分を抱く様にして蹲り泣いている一人の少年を。
 ただ、見ている事しか出来なかった。
 私はあまりにも無力で、彼の世界に入る事すら出来なかったから。
 いつからだろう。
 私から見て、彼が変わった様に感じたのは。
 もしかしたら、あの日からかもしれない。
 あの日、学校では自殺未遂をしたという女子生徒の噂で持ち切りだった。
 きっと、その日からだ。
 彼が……私の見る平野隼人が変わったのは……。

   ♪

 ただ、何の意味もなく毎日を過ごしていた。
 朝起きて、行きたくもない学校へ行き、誰もいない家に帰る。
 そんな生活が始まって、もう一年以上は経った。
 沙耶子の目は未だに覚める気配がない。
 もう、待っていても意味がないのかもしれない。
 そう思った僕は、最近まで続けていた彼女への見舞いにすら行かなくなっていた。
 入院費等の細かい事は全て綾人に任せ、僕はというと、ただ日々を惰性の様に過ごしているだけだ。
 こんな事をしていて良いのか。
 度々そう思う。
 しかし、そんな事はなるべく考えない様にしていた。
 もし、そんな事を考えた先に、ある答えを見つけたとして、それが何であるかが分からないからだ。
 最悪、今の僕なら学校だって辞めかねないから……。


 一週間程前、学校からの帰り道でタスポを拾った。
 このカードは、法律に反して煙草を買う未成年者への対策として作られた物だ。
 これがあれば、カードの中に入っている金額が尽きない限り、自販機で煙草を買う事が出来る。
 しかし、それも僕の様な学生が拾ってしまえば意味はない。
 カードを拾った帰り道、試しに煙草を一箱だけ買ってみた。
 別に吸いたかった訳ではない。
 ただ、何かに依存したかったとでも言うべきか。
 煙草は寂しさを紛らわすには打って付けだったから。
 今になって、ようやく分かった様な気がする。
 僕は沙耶子に依存していたのだという事に。


一本の煙草を口に銜え、火を点ける。
副流煙は空に向かって、ゆっくりと登って行った。
今は昼休みでもなければ、放課後でもない。
皆が授業を受けている時間だ。
そんな時間に、この屋上で煙草を吸っている自分は、おそらく傍から見れば不良と思われても仕方がないだろう。
しかし、それでも良かった。
こういう行動を取っていれば、他人が寄って来る事がないからだ。
今年のクラスは、やけに積極的に僕に関わろうとする奴が多かった。
まあ、今となってはおそらく全員が僕と関わる事なんて諦めているのだろうけど。
何しろ、今は高校三年生の秋。
クラスメイトの大半は大学へ進学する。
 それ以外の者は就職活動に勤しんでいる。
 そんな奴等が、こんな僕と今更友情を深めようとなんてしないだろう。
 もう、嫌という程思い知った。
 他人と関わるとどうなるか。


 気が付けば、吸い掛けの煙草は、もう半分もなかった。
 その場に煙草を捨てて、軽く溜息を吐く。
 今から授業に行ってもしょうがない。
 昼休みになるまで、ここにいよう。
 あの日、沙耶子はここから落ちたのだろう。
 沙耶子の事を思い返す事のない場所を探して、ここまで来たのだが、結局は彼女の事を思い出してしまった。
 金網に背を預けて、緩やかな秋の風を受けながら目を瞑った。


 真昼の眩しい光で目を覚ました。
 太陽は丁度、僕の真上に位置している。
「おはよう!」
 隣から、少女の声がした。
「え?」
 振り向くと、僕のすぐ隣で一人の少女が片手で携帯をいじっていた。
 その携帯を見て、僕は自分のポケットを確認した。
 ポケットに携帯がない。
 もしかして……。
「なあ、それ僕のじゃないか?」
「ああ、そうだよ」
 彼女は淡々と答えた。
 あまり面倒な事にはしたくないな。
 なるべく丁重に返して貰おう。
「なあ、返してくれないかな?」
「ちょっと待ってくれ」
「いや、そう言われても……そもそも、僕の携帯で何をしてるんだ?」
「ちょっとな」
 暫くの沈黙が続いて、彼女は僕に携帯を差し出した。
 僕は彼女の行動に疑問を抱きながらも、携帯を受け取る。
「メルアドを入れておいた」
「は?」
「だから、メールアドレス。ああ、大丈夫。電話帳とメールボックスは見てないから」
 そういう問題じゃない。
 僕にとって、自分に関わろうとする存在その物がイレギュラーなのだ。
「どういうつもりだよ?」
 彼女は少しだけ難しい顔をする。
「君に興味を持ったんだ」
「興味? 僕なんかに興味を持ったら、会く影響しかないぞ」
「ああ、そうかもな。例えば」
 彼女は短いスカートのポケットから、何かを取り出した。
 それは煙草の箱だった。
「おい、もしかして、それ僕の……」
「ああ、そうだ」
「返せ!」
 立ち上がって彼女から煙草を取り上げようとしたが、彼女はそれをポケットの中にしまってしまう。
「なんなんだよ!?」
 つい彼女に怒鳴ってしまった。
 しかし、彼女は動じる事はない。
「こんな所で煙草なんか吸ってるから、取り上げてやったんだろ」
「吸うも吸わないも、僕の勝手だろ!」
「私が嫌なんだ。知ってるか? 副流煙は主流煙よりも毒性が強いんだぞ」
「知らねえよ! 第一、僕は誰にも迷惑を掛けない様に、ここで吸ってるんじゃないか!」
 僕が意見に対して、彼女の意見も止まらない。
「そもそも、どうして煙草を吸っているんだ? 格好良いからか?」
「違う……ただ……」
 言葉に詰まってしまった。
 なぜ僕はこんな事をしているのか。
 その事を考えていると、なぜか沙耶子の事を思い浮かべてしまった。
「ただ……何かに依存したかったんだと思う。前に、大事な物を失くしたから」
「その大事な物は、煙草なんかを代わりに出来る様なちっぽけな物だったのか?」
「そんな事はない。本当に……大事な物だったんだ」
「なら」
 彼女は僕の顔をジッと見る。
「何だよ」
「煙草以外に依存する物を見つければ良いんだ。それか、何かに依存しなくても大丈夫な様になる事だ」
「僕は……そんなに弱い人間なのか?」
「少なくとも、私から見たらな」
 何も言葉が見つからなかった。
 彼女の言う事全てが正し過ぎて。
「見届けたいんだ。君がどう変わって行くのかを」
 校舎にチャイムが鳴り響く。
 すると、彼女は僕に「じゃあ、また後で」とだけ言い残して屋上から出て行った。
 また、後で……。
 こんなまともな会話をしたのは久しぶりだった。
 携帯を開き、電話帳を見る。
 そこには、新しいアドレスと電話番号が登録されていた。
「天道……美雨……」


 ホームルームが終わった時間を見計らって、教室へ戻った。
帰り支度をしていると、担任の琴峰に準備室へ連れて行かれた。
 まったく、琴峰の様な新任の教師は、無駄にやる気があって困る。
「なんですか? そろそろ帰ろうと思ってたんですけど」
 皮肉たっぷりに言ってやった。
 すると、琴峰はさっそく話を切り出す。
「平野君。将来の事は考えてるの?」
「まだ、特には……」
 そんなあやふやな返答しか出来なかった。
 当然だ。
作品名:HOPE 第一部 作家名:世捨て作家