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現代異聞・第終夜『行っちゃ駄目』

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第四夜・結 『死ねば良かったのに』


 ──。

 ──ああ。

 そうだ──これで終わりだ。
 俺はこうやって彼女と出会い、その優しさに触れ、親しくなった。
 大学を卒業してから二年の時を経て結婚し、二人の子供にも恵まれた──俺に良く似た息子と、鍵子に良く似た娘。
 とても幸せな時間だった。
 今になって思い返せば──結局あの宿での一件以来、俺と彼女が不幸になったことは一度もなかったように思う。まるでそれまでの分を帳消しにしてくれと誰かから頼まれたかのように、俺達は恵まれ続け、幸せであり続けた。鍵子は相変わらず鍵子のままで、たまに洋子──と名前を呼ぶと照れたようにふにゃふにゃと笑うところも、最後の最後まで変わらなかったことだ。
 そう。
 幸せと不幸は別のものだ。
 幸せであり続けた俺達は、
 結局最後まで幸せなままだったのだろうと思う──少なくとも俺が今思い返す限りでは、鍵子との夫婦生活はただただ幸せだったとしか言いようがないものだった。
 だから、それでいいのだろう。
 息子は早く親から独立したいと、わざわざ親戚の家に下宿して高校に通っている。
 娘は勉強熱心で、学生寮のある進学校に入って日々勉学に勤しんでいる。
 俺は──相変わらず人付き合いは悪く、無気力で、怠惰なままだ。
 惰性で生きて、惰性で日々を過ごしている。
 子供達に会うたび、お父さんは幸せそうだ──と皮肉混じりに言われることが多い。
だから──それでいいのだ。
 思い残すことは何もない。
 身寄りのない俺は結局婿入りという形をとることになり、稲毛紘一郎という名前に変わった。
 大きな変化と言えばそれだけだ。
 鍵子の両親とは結婚式以来会っていないし、これからも会うつもりはない。
 葬儀のときにすら、連絡はしなかった。
 家族三人で、静かに、ひっそりと最期を看取った。
 思い残すことはない。
 悔いもない。
 ただ一つ──無理にでも何か後悔したことを探すとするなら、
 鍵子の死に際、あいつが嘘を吐いたか──本当のことを言ったのか、わからないまま先立たれてしまったことだろう。
 遺言は、ひどく鍵子らしくて、
 とても鍵子らしくないものだった。
 赤信号を無視して突進してきたトラックから子供達を守り、
 轢かれ、跳ね飛ばされて、
──洋子、
 ──洋子──。
 叫ぶ私に、あいつはいつものふにゃふにゃした笑顔を浮かべて、

「──私が死ねば良かったんですよ──」

 ──そう言い残して、
 最後の最後で口の悪さを隠して、
 ──お前が死ねば良かったのに──。
 そう言ってくれれば俺がほんの少しだけ楽になれることを知っていて、
 けれど──楽にはしてくれなかった。

 ──洋子。
 ありがとう。
 ──ありがとう。
 ──ありがとうしか──言葉は見つからない。

 だからきっと、
 俺は──幸せなのだ。

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 ──そして、俺はまた一人になった。

【了】