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洋琴奇憚

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スタジオは地下にあった。
ピアノを弾くための場所がこんな都会の真ん中にあるなんて、想像もしなかった。
わかりにくい小さなエレベーターに乗って、レオノーラはB1のボタンを押した。地下一階は目の前がスタジオの受付になっていて、案外と利用客は多いらしいく、たくさんの人で混雑していた。
今日、池袋から徒歩数分のピアノスタジオで開催されるのは、社会人音楽サークルの顔合わせだった。
レオノーラは、小さい頃からピアノを弾いていた。音楽を仕事にしなかったせいで、社会人になってからは全くといってよいほどピアノから離れてしまったが、結婚したときにピアノを新居に運んでいったお陰でまた弾き始めたのだ。大人になってから、それも、たくさんの良い演奏を見たり聞いたり、あちこちに行って見識を積んだあとで弾くピアノは、学生時代とはまったく異なった音楽の世界を運んでくれた。
困ったことは、レオノーラの周りには音楽について語りあえる友人が皆無だったということだ。夫は姉にくっついてピアノを習ったが、先生を泣かせてやめてしまったほどの腕前だし、大学も職場も理系であったから、世の中で最も音楽が無い場所に暮らしているようだった。
そこで、レオノーラは探したのだ。きっときっと、学生のサークルみたいのがあるはずだと。
しかし、案外と、ピアノの仲間はみつけるのが難しい。だれにでもできる趣味ではないからだろう。
音楽誌を見たり、スタジオで探したり、音大の友達に聞いてみたり、SNSで探してみたり。
婚活系でないもの、というのが第一条件だけど、実は案外と高いハードルだったし、今は募集していませんというところも多かった。
やっと、新しくスタートするという女性が管理者をしているこのサークルを見つけて、参加にこぎつけたのだ。
サークルの名前は”オンディーヌ”といった。水の精という意味だ。

さて、サークルの人を探してあたりを見回してみると、知り合いではなさそうな数人が隅の方にいる。10人ぐらい集まる、ということだったし、男女半々ぐらいだと言っていたから、この人たちかもしれない。
「サークルの方ですか?今日初合わせの」思い切ってアラサ―らしい細身の女性に声をかけてみた。
「はい。あ、オンディーヌの方ですか?」
あら。感じのよさそうな方。人数数えたりしているから、この方が管理人さんかな?
「はい。はじめまして。レオノーラです。」
検索サイトで見つけたサークルだけど、これから人数集めるっていうし、最初からだったらなじみやすいかなとおもって申し込んだのだ。ハンドルネームをと言われて、いままであんまり電脳交流をしていなかったので少々混乱した。つまり、素性を明かさずに軽く友達づきあいをしようというのだ。いきなり名前を知られるのはよろしくないようだった
彼女はまりえ、と名乗った。二人で共同管理人をやっていると言った。
レオノーラが連絡をとっていたのはもう一人いる共同管理人のももこさんだったが、まだ来ていなかった。
15畳ぐらいの部屋だけど、椅子を並べたら狭かった。12人くるというので、人数分の椅子をならべ、会が始まろうとしたところへ、おなじくアラサ―の女性が駆け込んできた。
「ごめんなさい。遅くなってしまいました。」
なんか大きな荷物を持ち、肌寒い初秋の日に息を切らせてやってきた彼女がももこさん。まあるい顔で、にこにこしていて、丁寧な感じで。
親切そうだ。雰囲気はよさそうね。男性陣、なんだか沈黙気味ですけど。
ちょっとぎこちない雰囲気の中、とにかく会は始まり、くじ引きで順番を決められて、1曲ずつ準備してきた曲を弾いた。
休憩を挟んで3時間ほど、二巡して会はお開きになり、希望者だけ二次会へ行くことになった。近くの居酒屋で、初対面ながらこんどばかりは盛り上がり、飲み会となると男性陣もよく話した。今回はかなりの数が初対面だったらしい。某SNSのコミュニティとしても募集をかけたとのことで、そのSNSですでにサークルをやっている人がいた。
数回メールでやりとりをしたももこさんは、フランスものが好きと言っていた。モネとかも好きなのだそうだ。
今後はどんな会にしたいか、なんて真面目に語ったりして、学生時代みたいな感じだった。次は12月か1月に会いましょう、ということで二次会もお開きになった。仕事と家の往復しかしていない毎日に、ちょっとだけ刺激があった一日だった。

新年会の案内がきた。レストランで、古いピアノがあるらしい。食べながらという趣向だ。そういえばこの間のはなんだか緊張したな。
二か月毎ぐらいに会いましょう、と言っていたから、そのつもりだったけど、たった二カ月じゃ新曲は無理だし、短い曲をいくつか持っていくことにしよう。
みんなモチベーション上がったようだったし、少しプレッシャーを感じつつも、レオノーラはグリーグの小品などを練習して行った。。
西新宿のビルの谷間を抜けていく道は寒くて、遠くて、少しだけ気持ちが折れたけど、集合数分遅れで到着してみたら、顔見知りになった数人がもう来ていて、なごんだ。ピアノは古いベーゼンドルファー、お店は案外広くて、すぐに料理が出てきて、昼間だというのにお酒まで。一回目のときはみんなかなり緊張したそうなので、今回は砕けた感じにしようということかな。ももこさんはまた遅刻気味で私の数分後に到着した。まずはみな食事をし、初めて会う人もいたので、自己紹介などが始まり、そして食べながらの演奏が始まった。気軽にやりましょう。という前回の方向性が伝わったのか、あんまりバリバリ弾くひとはなく、なごやかに進んだ。どうみたって初心者の男性はどうしても弾いてくれなかったけど、強要するのも悪いかと思うし。
このあいだショパンのエチュードを弾いていた男性があとからきた。今日は近くで本番があったとのことで、スーツで。本番って何だろう?またエチュード。それとシューマンの幻想曲。しかも弾いたら帰ってしまった。
最後の方、みなでなぜか悲愴の二楽章について盛り上がり、かわるがわる弾いたりしていた。楽しかった。まりえさんはなかなか気さくな人で、会を始めるきっかけなんかを話してくれた。どちらかというとももこさんがやりたかったそうだ。だけどひとりでは踏ん切りがつかなくて一緒にやることにしたって。少し前に連弾を弾いたりしたことがあって、人集めとか話し合ったりして、進めてきたそうだ。でもいろいろ大変で、となんだか言葉を濁していた。
この日は夫と久しぶりに映画に行くことにしていたし、二次会はなかったので、現場解散になった。次は春、と言っていた。
後日ももこさんから会計報告があった。領収書付きで、1円単位まで。
しっかりしてるというか、趣味のサークルにしては細かいというか。どんぶり勘定よりよいとは思ったけれど、違和感が少しだけ。

春が来て、三回目の練習会は下町のスタインウェイのあるサロンだった。ももこさんは来たけど、まりえさんは来てなかった。最近あまりメールもやり取りしてなかったし、忙しいのかな。
今日は人数が少なかったのでいろいろ話をしながらで楽しかった。千葉のマダムは、演奏経験も豊富で、面白い日本の曲も教えてくれて、素敵な方に出会えた。
作品名:洋琴奇憚 作家名:夕顔