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いとこんにゃく
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誰が為にケモノ泣く。Episode01『ある少年の告白』

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1,時期外れの転入生



2011年/春

 ――半年後。

 山に四方を囲まれた某県の地理的にちょうど中央に位置する都市―緋武呂《ひむろ》。
 夏と冬の観光シーズンには県外からの観光客で賑わうこの観光都市も、春と夏の合間という半端な時期は本来の地味な光景を取り戻していた。
 緋武呂駅前バスターミナル。ピーク時は登山目的の観光客が列を作っている光景が日常であったが今は見る影もない。
 人もまばらなバス停の前にバスの到着を待つ一人の少女の姿があった。
 肩に大きなボストンバックを下げ、空いた右手で文庫本を開いている。発達途上の体を包む制服は市内の学校のものではない。
 少女は表情を変えずに黙々とページをめくり、あとがきを読み終わるとぱたりと本を閉じた。
 目元にかかった前髪をさりげなく払う。その仕草は大人っぽい顔つきと相まって学生とは思えない色っぽさを感じさせた。
「お嬢さん。大きなバッグ持って旅行かい?」
 少女の隣で同じバスを待っている老人が話しかけてきた。腰はくの字に曲がっていたが、顔はやたら生き生きとしており、わずかに鼻息が荒い。
 少女は口元にだけ笑みを作ると、年甲斐なくナンパに興じる老人に向かって、桜色の唇を動かした。
「ハズレだよ、おじいさん。ボクは、帰って来たの」
 少女はすっかり寂れてしまった駅ビルの合間から覗く真っ青な空を見上げながら、忘れかけた思い出を懐かしむように、こう呟いた。
「――六年ぶりの緋武呂なんだ」


□■□■


 四月の終わりまで街を彩っていた遅咲きの桜もすっかり姿を消し、代わって新緑が木々を飾り始めた五月の初旬。
 市内の公立緋武呂高校に通う二年生、八《はづき》一弥《いちや》は歩き慣れた通学路を歩きながら、行き掛けに買ったカフェオレを眠気覚ましがわりに喉に流し込んだ。
 八一弥。十六歳。緋武呂で生まれ、緋武呂で育ったどこにでもいそうなごく普通の少年。髪も地毛のままで、年相応の格好つけたところも見られない。まだ未熟さが残る人懐っこい顔つきはいかにも田舎のおばさんに好かれそうな面立ちだが、今日はどこか表情に疲労が感じられ、冴えない顔を見せている。
 時刻は午前八時を回ったところ。
 通学路は、一弥と同じダークグリーンの制服を来た生徒たちの姿で賑わっている。
 数人でグループを組んで歩く者、一人黙々と歩く者、急いでいるのか慌てて走って行く者。それぞれがそれぞれの思惑を秘めながら、校門に次々と吸い込まれていく。
「おいっーす、一弥。オ・ハ・ヨ!」
 一弥がいつも通りの時刻に校門をくぐると、ほぼ同時に背後から能天気な声がかけられた。欠伸をしていた一弥は、一拍間を開けて「…おはよ」とテンションの低い返事をする。
 一弥の肩に手を乗せながら、隣に並んだのは彼のクラスメイトの葛城《かつらぎ》榛《しん》だ。
「朝っぱらから、欠伸なんかしちゃってまー。呑気だねー」
「お前に言われたくないな」
「ひっでぇ言われよう。もしかして、寝不足で機嫌悪い?」
「昨日、深夜に帰ってきたアネキに叩き起こされてメシ作らされたんだ…。もう眠くて眠くて」
「そりゃあ…ご愁傷サマ」
 げっそりと呟く一弥の心中を察して、葛城の顔もわずかに引きつる。
「それにしても珍しいな。葛城、お前が朝から元気なんてさ」
「ん、オレはいつでも元気よ?」
「ウソだろ。お前の方こそ、いつも朝は怠そうにしてるくせに」
 普段なら欠伸の回数は、一弥より遙かに上だ。
「いつもはそうかもしれんが、今日は違う」
 腰に手を当てて断言する葛城は、確かにいつもと違っていた。なんというか活力がみなぎっているように見えた。
「なんで?」
 一弥が訊くと、
「知りたいか?」
 葛城は急にソワソワし始め、なぜか周りを見回した。近くに誰もいないことを確認し、葛城はコソコソと一弥に耳打ちする。
「実はな。今日、オレらのクラスに転入生がやってくるのだ」
「…は、転入生?」
「声がでかい!」
 葛城は慌てて一弥の口を塞ぐと、誰かに聞かれていないかと再度周囲を見回した。
「うえ…、男に口塞がれた。汚ねえ」
 一弥は一弥で葛城の手をはね除け、慌てて制服の袖で口元を拭う。
「お前、それどこで知ったんだよ」
「極秘情報。というか、昨日の放課後職員室前を通りがかったら担任の蔵屋が教頭とそんな話をしていたのを偶然、聞いたのである」
「極秘でもなんでもねえし。それ、ただの立ち聞き。でも…ふぅん。昨日のホームルームのとき蔵屋は何も言っていなかったけど…」
 突然決まった、ということはないだろう。転校してくることは事前にわかっているはずだから、在席するクラスが決まったのが昨日の放課後だったと考えるのが妥当だ。
「にしても、この時期に転入生って珍しいな」
 今は五月だ。なんらかの事情で四月に間に合わなかったのだろうか。それにしても微妙なタイミングだった。学年が上がってようやく新しいクラスにも慣れ、いくつかのグループが出来つつあるこの時期にクラスに入る。社交性があって積極的な人間ならすぐに馴染むことができるだろうが、そうではない人間ならクラスにとけ込めるかどうかという不安は拭えないだろう。
 一応、クラス委員長という肩書きを持つ一弥は、できる限りのフォローはしないといけないだろうな、と考えた。


一弥の在席する二年C組の教室はいつもどおり朝の爽やかさとは裏腹に気だるい空気で濁っていた。さっそく机にうつ伏せになって二度寝している輩もいる。元気がいいのは抱かれたい芸能人ランキングの話題で盛り上がっている一部の女子だけだ。
 クラスの様子を見ていても転入生の話題はまったく聞こえてこなかった。本当に誰も知らないようだ。葛城から転入生の話は固く口止めされていたので、一弥もなるべく意識しないように頭を切り替えた。
 そして、朝のホームルームを知らせるチャイムが鳴った。
 後ろの席にいる葛城がつんつんと背中をつついてくるが相手にするのも鬱陶しいので無視を決める。
 担任の蔵屋が、チャイムが鳴り終わったとほぼ同時に教室に入ってきた。毎回思うが、ドアの前で待ちかまえているのではないかというくらいの正確さだ。
 蔵屋は葛城が言っていた通り、後ろに見知らぬ女子生徒を連れていた。
 途端、教室中にざわめきが起こった。事前に知らなければ当然の反応だ。背後で葛城が口笛を吹いた。
 一弥もその女子生徒の容姿を見た瞬間、思わず「おッ」と口に出してしまった。
 転入生のインパクトはそれほどまでに平凡揃いの二年C組の女子の中でも際立つ美人といえた。
 肩にかかるくらいのショートヘア。一房だけ垂らした前髪、細い眉、少し垂れ気味の瞳。同年代の中では平均的な背丈だが、制服から覗く腕と脚はすらりと細い。物腰は落ち着いており、緊張などしていないような堂々とした立ち姿だった。
 まるで猫みたいだ、一弥は転入生の第一印象をそう感じた。
「おい、静かにしろ。紹介ができないだろうが」
 蔵屋が不機嫌そうに白髪まじりの眉に皺を寄せる。蔵屋の牽制により半数が黙るが効果はそこまで。ちらほらとしゃべり声が聞こえる中、蔵屋はわざと大きく咳払いすると、転入生の名前を告げた。