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光のお酒

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 ある夜、吾郎の部屋に小さくて少し重たい荷物が届きました。差出し人の名前をみた吾郎の心臓が、小さく飛び跳ねます。
「桜川村、鈴木大介」
 それは十五年ぶりの友達の名前でした。
 どうして吾郎の住所を知っているのだろうと考えたところで、先月、大介を知っている人に会った事を思い出しました。大介はきっと、彼から吾郎の事を聞いたのです。
 荷物の中には、真っ黒い瓶に入ったお酒が一本と一通の手紙が入っていました。
 吾郎は手紙を手に取りましたが、開く勇気が出てきません。しかたなく小さなグラスを持ってきて手紙とお酒を並べて置きました。

 吾郎も昔、大介と同じ桜川村に住んでいました。同じ年の吾郎と大介は毎日、親もあきれるくらいに仲良く遊んでいました。なのに、十五年前の冬、吾郎は突然引っ越す事になってしまったのです。
 吾郎は、「大介が転校するなんて嫌だ」と駄々をこねましたが、その時大介が言いました。
「引っ越ししても友達だよ。沢山手紙を出すからね。吾郎も手紙をくれよ」
 吾郎はうなずきました。そして引越しの日、絶対に見送りにきてくれるように頼みました。
「もちろん行くよ、絶対に」
 大介は、しっかりとうなずいてくれました。
 ところがその日、大介は現れませんでした。
 吾郎は大介が現れるのをずっと待っていました。人影が見えるたびに、大介では、と期待してはがっかりするのを繰り返しました。無理を言って電車も遅らせてもらいました。
「もう時間がない、大介君には後から手紙を書けばいいだろう?」
 その言葉で吾郎は改札をくぐりました。
 もう一度振り返っても大介の姿はやはり見えません。かわりに飛行機雲が、空に大きく×を描くように出ていました。吾郎は涙がこぼれるのをどうしようもありませんでした。

 その後、結局、大介に手紙を書く事はありませんでした。いざ便せんに向かうと、見送りの約束をしてくれた大介の顔とあの時の大きな飛行機雲が思い出されて、どうしていいか判らなくなってしまうのです。新しい住所を教えていなかったので、大介から手紙が来る事もありません。
 そうしている間に吾郎も中高大学と進み、去年の春に小さな会社に就職しました。大介を思い出す事はほとんど無くなりましたが、空に飛行機雲を見つけると、胸の奥に針で刺されたような痛みが走るようになりました。

 吾郎はお酒を手に取りました。ラベルには、
桜川村の立花山と「十五年物 光の酒、鈴木酒造」という名前が書かれています。
 大介の家は造り酒屋でした。ではこれは大介の家のお酒なのです。
 瓶の裏に小さく説明がかいてありました。
「この「光の酒」は、風光明美な桜川村の光を閉じ込め熟成させたものです。口に含んだ時に広がる懐かしい香りをお楽しみ下さい。なお、光が飛ぶ事がありますので瓶より出しましたらなるべく早くお召し上がり下さい」
 光のお酒とは初めてです。吾郎は首を傾げながらグラスにお酒をそそぎました。
 光の酒はなめらかでほのかに甘い味がします。そしてなんだかとても懐かしい香りがしました。吾郎はその香りが何の香りだったのか思い出そうとしました。けれども、懐かしい気分になるだけで、言葉が出てきません。
 お酒を一口飲んだところで、吾郎は手紙を手にとりました。おそるおそる開いてみます。白い便せんに、何処か懐かしい文字が並んでいました。
「前略、突然のお手紙失礼します。やっと吾郎君の住所が判明しましたので手紙を送ります。住所を教えてくれた友人によると吾郎君も元気そうだとの事でほっとしました。ぼくもつい先日、家業の造り酒屋に就職しました。そこで、ぼくが初めて瓶詰めしたお酒をぜひとも吾郎君に飲んでもらいたいと思い立ち、勝手ながら送らせてもらう事にしました。こちらももうすぐ桜の季節です。一度遊びにきませんか。早々     大介」
 十五年間悩み続けた吾郎にとって、それはとてもあっけない手紙でした。
 大介にとっては、見送りに来なかった事も、十五年間手紙を貰えなかった事もたいした事ではなかったのだろうか。
 吾郎はもう一口お酒を飲もうとグラスを手に取りました。
 その時、グラスを持つ手がかすかな光に照らされていることに気付いたのです。
 吾郎は、部屋の電気を消してみました。
「本当に光のお酒だったんだ」
 グラスのお酒が、明るくなったり暗くなったりしながらぼんやりと光を出していました。
 吾郎は白い紙をグラスの周りにかざしてみました。すると、驚いた事に、グラスの中のお酒の光が、まるで映写機のように紙に一つの風景を映し出したのです。
 遠くに見えるのは、あの懐かしい立花山です。その手前にいつも遊んでいた小川が見えます。夏の光景なのか、小川の向こうにはひまわりも咲いています。
「あ!」
 吾郎は思わず声を上げました。
 右手の方から自転車が二台現れました。乗っているのは吾郎と大介です。声は聞こえませんが、とても楽しそうに笑い転げています。
 自転車に乗った吾郎がこちらを指差します。それを見た吾郎は、急にこの日の事を思い出しました。
 大介の家の酒蔵の外には、いつも小さくうなりを上げている不思議な機械がありました。吾郎はその日も機械の正体を教えてくれるよう頼んでいたのです。大介の答えはいつも「お酒を造る機械」と素っ気ない物でしたが、なるほど、あれはこのお酒のために光を集める機械だったのです。
 やがて、二人が行ってしまうとお酒の光も弱まり、部屋は真っ暗になりました。
 吾郎はグラスの酒を飲み干すと、再び酒で満たしました。
 次に映った光景は、真っ赤に紅葉した立花山でした。小川沿いの桜の木も枯れた葉っぱをちらちらと散らせています。
 ランドセルをしょった吾郎と大介が現れました。二人はたて笛を吹きながら歩いています。ところが、すぐに飽きてしまったのか、二人はたて笛を構えてチャンバラごっこをはじめてしまいました。二人は落ち葉の中を転がり回りながら遊び続けています。
(たしかこの後……)
 吾郎の記憶のとおり、取っ組み合いになった二人はバランスを崩し小川に落ちてしまいました。しかしすぐに這い上がってきた二人は、とても楽しそうに笑いころげています。結局この後吾郎も大介も風邪を引いてしまい、数日学校を休む事になったはずでした。
 光が途切れ、再び吾郎はお酒をつぎます。
 今度の景色は一面の雪の原でした。
 桜川村にこんなに雪が積もるのは珍しい事でした。
 やはりこのお酒に閉じ込められていた光は、間違いなく十五年前の、吾郎が最後に過ごした桜川村の光なのです。
 白い雪がちらちらと降り続けます。
 現れた二人はとても沈んだ様子でした。
 吾郎が泣きそうな顔で何かを話しています。大介がそんな吾郎の手を握りました。
 そう、これは、あの約束をした日なのです。
 吾郎は慌ててグラスの酒を飲み干しました。これ以上、あの日の光景をみている事が出来なかったのです。
 吾郎はお酒の瓶にしっかり蓋をすると部屋の電気をつけました。
 あんなに約束したのに大介は見送りにきてくれませんでした。吾郎は、大介の事を誰よりも大切な友達だと思っていました。でもきっと、大介にとって、吾郎はそれほど大事な友人ではなかったのです。
作品名:光のお酒 作家名:西_