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南 総太郎
南 総太郎
novelistID. 32770
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『総斎志異 第八話』

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『総斎志異 第八話』


この世には、時として人知では説明の付かぬ出来事が起きるもので御座います。

さて、カラーンコロンと言えば、牡丹灯篭のお露さんの下駄の音だと、ご存知の方も

多う御座いましょうが、流石(さすが)中国生まれの怪談、幽霊にも足が有るんですな、

それにしても舗装もしてない道で、何故カラーンコロンなのか疑問の湧くところで御座いますが、

それはいずれかの折に円朝師匠に聞くことに致しましょう。


今回は、この下駄に纏(まつ)わる不思議な話をお聞き戴きましょう。

時は明治の初め、本所深川の下駄職人、佐平の作る下駄は履き心地の良さで

高い評判を得て居りました。

ある日、大店(おおだな)の娘さん風情の若い女が、手代らしい若い男を連れて

佐平の店を訪ねて参りまして、女物の下駄を物色して居ります。

なかなか決まらず、頻りに男に聞いて居ります。

「ねえ、松吉、お前だったら、どれにする?」

「はい、私は男ですので、よく解りませんが」

「違うのよ。お前が履くんじゃなくて、あたしが履いてどれが一番似合って見えるかを

聞いてるのよ。ねえ、どれかしら?」

「さーて」

男は,顎に手を当てて考えて居ります。

佐平は暫く様子を見ていましたが、容易に決まらないと判断して、

「お嬢さん、これなんか如何ですか、お似合いだと思いますが」

若振りの中から一番派手な鼻緒の下駄を選んで差し出しました。

「・・・・・・」

女は無言の侭で、下駄の方に目を遣ろうともしません。

(成る程、これは出しゃばり過ぎたかな。どうでも、男に選んで貰いたいと言う訳か)

佐平は黙って仕事場に戻りました。

その日は、結局決まらず、二人は店を出て行きましたが、女は、ひどく不機嫌な

様子で御座いました。

二、三日して、その二人が店に姿を見せました。

今度は、予め決めて来たと見え、一足の女物の日和下駄を買って帰りました。

それは、佐平が先日選んでやった物で御座います。

機嫌よく、挨拶などして帰る女の様子に、若い娘の感情には着いて行けぬもの

を感じる佐平でした。

数ヶ月して、街の噂が佐平の耳に届いたので御座います。

本所深川では有名な米問屋越後屋の一人娘が、堀に落ちて溺れ死んだと言うのです。

傍に居た手代の話では、突然お嬢さんが堀に向かって走り出し、あっと言う間に

落ちて仕舞ったとの事で御座います。

或る日、創設後間もない東京警視庁の巡査が、突然佐平の店に遣ってき来て、いきなり

「あんたかね、越後屋の娘に下駄を売ったのは?」

と、聞かれた時は、佐平も驚きました。

「はあ? うちは下駄屋ですので、沢山売っては居りますが、お客さんの名前を聞く事は

しませんので、越後屋さんと言われても解り兼ねますが」

「いや、越後屋の手代松吉の証言で、お前の店と解ったのじゃ」

「成る程、解りました。いつだったか、二人連れで二度程足を運んで戴いたお客さんですな」

「それで、お前の売った下駄に就いて聞きたい事がある」

「はい、どんな事でしょう?」

「あの下駄は、只の下駄か?」

「いえ、お代はちゃんと戴いて居ります」

「いや、本官の聞きたいのは、普通の下駄かと言う意味じゃ」

「はい、それは極く普通の下駄ですが」

「勝手に歩き出す事はないか?」

「勝手に歩き出す? 下駄がですか?」

「そうじゃ。履いている者の意志に従わず、勝手な方向に動く下駄ではないか?」

「お巡りさん、ご冗談を。此の世の中に勝手に歩く下駄などある訳ないでしょう」

「いや、冗談ではないのだ。そうとでも考えねば、理屈が通らぬのじゃ」

「一体、どういう事なんですか?」

「松吉の言うには、娘は走るというより、足から先に引き摺られる形で堀に持って

行かれたと言うのじゃ。最後には、倒れている身体を、何者かが堀の中へ引っ張り

込む感じがしたと言うのじゃ」

「えっ、随分怖い話ですね。堀に妖怪でも棲んでいるんじゃないですか?」

「それは、わしも考えたが、松吉の言い分では、下駄が怪しいのじゃ」

「そうそう、お巡りさん。あの松吉とか言う手代、娘に相当好かれている様子でしたが、

ひょっとして、煮え切らない男の態度に娘が腹癒(はらい)せに自ら堀に飛び込んだ

のではないですか?」

「ふうむ、娘は手代にぞっこん惚れていたと言うのか?」

「その様子でしたよ」

「解った。事件現場には松吉しか居らず、証言も疑う余地があるな。本件は、その線で

調べ直そう。手間を取らせた、じゃ、これで」

「ご苦労様です」

巡査はサーベルをガチャ付かせながら帰って行きました。

見送る佐平はホッとした表情をして居ります。

実のところ、下駄を怪しむ根拠を全く否定できない面もあるので御座います。

下駄の材料は、木と布で御座います。

布の鼻緒には、古着を用いますので、怨念を孕んだ着物などが紛れ込む事も充分

有り得るので御座います。

ひょっとすると、あの下駄は「人殺しの下駄」ではなかったかと、思えるので御座います。


                        完