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Twinkle Tremble Tinseltown 4

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November morining




 時計を見るとまだ9時前。意識には留まっていないが、恐らく何か外の物音でフロリーは目を覚ました。もともと眠りは浅い性質ではあったものの今日はまた特別。店が閉まった後もうっかり騒ぎ過ぎた。ヤニ臭さも安物の香水の匂いもまだ消えない店の中で繰り広げられる、ささやかな狂乱。バーテンダーの青年は磨く前のグラスにどんどんと安物のシャンパンを注ぎ、掃除夫の老人に振舞う。金勘定が趣味な名ばかりの取締役は、甲高い笑い声を上げるウェイトレスに色目を使う。極めつけは支配人パパ・ナイジェル――全ての雌犬の父親、パパ・ナイジェル!――の登場。明け方も近付いているというのにジョークの冴えは健在で、優しげな目つきを一切崩すことのないままブッシュミルズ片手に肩を竦める。
「若いうちに楽しむのは良い事だ。私くらいの年になると、頭とあれへ流れる血液の配分に注意を払わないといけなくなるからな」
 自宅にたどり着いたのは5時前で、その後化粧を落として服を脱いだだけで気絶するようにベッドへ倒れこんだ。そうでなくてもここのところ不運ばかり続いているから、この喜びを引き伸ばしたまま出勤まで寝こけるというのが昨日立てたスケジュール。なのにすっかりご破算、シーツの中で伸びをして、欠伸と共に零れる自らの間抜けな呻きを聞いたら、頭の鈍痛は消えないものの瞼ばかりはすっかり開いてしまった。アルコールは睡眠を阻害するという雑誌の記事はガセでなかったらしい。まだ下着姿のままベッドから抜け出しても、耐えられないほどではない事実が運勢を悪い方向へ後押しする。まだ温もりを残している足裏をひんやりとしたフローリングへおろし、フロリーは肉付きの良い肩を落としたまましばらく座り込んでいた。起きたら何をするべきか。本当は知っている。溜まった洗濯物、髪の毛だらけの床に掃除機をかける。特に不足しているものはないが、買い物に行くのも良いかも知れない。
 でも本当のことを言えば、彼女は何一つしたいと思っていなかった。酔いのせいではない身体のだるさが、30とほんの少し活動してきた肉体を蝕んでいる。もう一度掛け布団を捲り上げようかとも思ったが、意識の片隅と足が拒絶して身を引き起こす。とりあえず先ほどの印象は訂正。やはり少し肌寒い。音楽か、それが無理ならせめて暖房の稼動音でも部屋にあればいいのだけれど。ぼんやりと考えながら、鏡台の椅子に引っ掛けてあったTシャツに頭を突っ込む。緑色で州立大学のロゴが入ったそれは、昔の彼氏の部屋から持って来た代物だった。このゴシック体を見るたび、いい加減鋏で切ってウエスにでもしようかと思うのだが、そこそこ丈夫な布地はなかなかよれてくれないでいる。今のように、結局はどうでも良くなってしまう。


 燃費の悪い身体が栄養を欲していたが、かといってもたれ気味の胃は固形物など受け付けない。一度腰を下ろしたら朝食を食べ損ねることは明白だったので、ダイニングテーブルに片手を着いてしばらく思案する。勿論、窓際に置いたラジオのスイッチを抜かりなく入れてあった。陽気な男の声で、スペイン語をがなりたてている。集中力は乱れるが、実際のところそれほど気を揉むことではない。とりあえず舌と上顎がくっ付きそうだったので牛乳を。冷蔵庫から引きずり出したボトルに唇をつけ一口二口。獣臭い液体が通り過ぎるたびに喉が縮んでは広がり、頭が冷える。思考回路はとりとめもないままだったが、気分の面では少し、ほんの少し。


 思い出したのは買ってあったシリアル。胃を刺激せず栄養価は高い。どうして存在を忘れていたのだろうと不思議に思うほど、今の状況に打ってつけ。食器棚の下に屈みこんで中を漁る。もう少し寒ければキャンベルスープでも良かったのだが、鍋に入れて火をかけるその手間と時間が億劫だ。チーズマカロニも同じ理由で却下。最近わりと真面目に食事を作っているのでレトルト食品は豊富に蓄えられていた。これなら買出しにいく必要もないだろう。
 まず登場したのは黄色い熊の絵が描かれた可愛らしい箱。干からびて赤黒く変色した苺が入っている。これをテーブルに投げ出しておく。次いで隣に並んでいた茶色の箱にも手を伸ばした。安物のオートブランである。ついさっき行ったのと同じ手の動きで天板の上を滑らせる。先客にぶつかった箱はお利口なハーフガロンのプラスチックボトルに阻まれ、床へと落下することはなかった。


 同じ棚の三段上からボウルを取り出し、ついでにスプーンも。ここまで来てやっと座ることができる。事実フロリーは、大きすぎる尻を落として食器をテーブルに着地させた。
だが材料が揃ったにもかかわらず、彼女はしばらくの間ぼんやりとそれらを見つめるだけだった。目の前にあるものが何に使うのかも知らないといった顔で。身体はだるい。だが眠気は取れたと彼女は思い込んでいた。時計は9時を12分過ぎている。ラジオから垂れ流される言葉は相変わらず意味が分からない。シンクの前に横たわる窓はそこそこ大きいものの、隣の雑居ビルと肉薄しているお陰で碌に光も入らない。辛うじて煤けたコンクリートを潜り抜けてくる朝日は細く白く、テーブルの上を数条に渡って舐めるだけで、その下に隠された裸足のつま先を暖めてはくれなかった。反対側の踵で踏みつけて暖を取ってみるものの、破れも目立つ合成樹脂は末端冷え性から容赦なくぬくもりを搾取していった。せめてジーンズを履けばよかったのに。剥き出しの太腿を覆うよう手を被せながら、フロリーは考えていた。昼夜逆転一歩手前の生活は、睡眠時間の短さで辛うじて正常範囲を保っている。努力しても肉体は不満を感じているようで、また太ったらしい。身じろぎにあわせて揺れる太腿の贅肉を感じるのが、腹立たしかった。“シリアルはお子様の成長に必要な栄養素をバランスよく配合した最適な朝食です”。ここでようやく、意識で思うほどには満たされていない腹具合を思い出す。
 オートブランを取り上げる。箱の上部を引っ掻くようにしてこじ開ける。三流ブランドの癖に、紙の内側には更に銀色のアルミ袋が見える。引きずり出して、箱の方は小さく引き裂いた。部屋の片隅に鎮座したダストボックスへ投げ込もうとしたが、諦めてテーブルに積み上げる。後でゴミ袋を交換しなければならない。収集日は二日後だが、蓋が開きかかっているところを見ると恐らく容量の9.5分目まで内容物が迫っている。
お待ちかね、袋の口を開くと、香ばしい麦の香りが鼻を擽った。砂糖が少ないんじゃないかと思ったが、許容できる範囲。これをボウルの底から三分の一まで注ぐ。
 続いて引き寄せた熊の箱を開く。この箱は小さい頃から御馴染み。だが数年前キャラクターのデザインが変わった。前はもっと可愛かった。目がくりくりしていて。しょっちゅう力を入れすぎてボール紙を破き過ぎ、セロテープで補修しなければならない羽目に陥るので、慎重に箱の隅へ爪を食い込ませる。食い込む。成功。
 苺の酸っぱい匂いと、過剰な砂糖、そして少しの香料を顔に浴びる。自然と笑みさえ浮かんでしまう甘ったるさ。こちらも先ほどと同じく、三分の二に収まるよう箱を傾けた。