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クリスマスにティーを

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「さいしょはグー、じゃんけんぽん!じゃあひろが荷物持ちね。よろしくー」
「え、今勝ったの僕……」
「負けるが勝ちって言うじゃん」
 またこのパターンか、と思いながら僕は彼女の荷物を積んで自転車を押して歩く。いつもは彼女も自転車だけど、今日は徒歩らしい。
彼女はなんの悪意もない笑顔を見せると、ついと前を向いて歩きだした。

 空気は澄んでいて、風は冷たい。肌に感じるひんやりとした空気が冬の深まりを感じさせる。いつ雪が降ってもおかしくないような感じがする。
 今日はクリスマス。だけど彼女はいつもと同じ調子だ。周りの友達からも尻に敷かれてるな、とよく言われる。別に僕はこの状態が嫌だとは思わないけど、何度か考えたことがないわけではない。
僕はこのままでいいのかな、とか。
 付き合って半年が経って、初めてのクリスマス。僕のコートのポケットの中には、彼女へのプレゼント。
 ……なぜか小さく溜息が出た。
「あれ、汐莉?」
 僕の前を歩いていたはずの彼女の姿が見当たらない。僕は焦って後ろを振り向いた。
「なーに慌ててんの。ほら」
 僕の頬に缶が押し当てられた。冷え切っていた肌に、ちょっと熱いぐらいの温度が広がっていく。
「そこの自販機にいたのにスルーしてっちゃうしびっくりしたー」
 彼女は自分の分の缶を開け、片手をポケットに突っ込んだ。そして缶に口をつけ、少しうつむいた。
「あたしのこと、置いてかないでよね」
 いつもの彼女とは少し違う、小さな声だった。
 僕は缶を受け取ってまた歩き始めた。……紅茶?
「僕、紅茶飲めな」
「何?あたしが買ったのじゃ飲めないって?」
「いや……」
 僕はふと彼女が手に持つ缶も、僕が持っているのと同じ紅茶の缶だと気付いた。
「いちお、クリスマスプレゼント。……なーんてね!気にしないで」
 こんな風にごまかすのは、彼女の照れ隠し。
 ポケットに手を入れるのは、彼女がそわそわしてるとき。
 そういえばこれは、彼女が好きな飲み物だ。
 なんだ、僕はもうこんなに汐莉のことを知っているのに。
 僕は立ち止まって自転車を停めた。すると先を歩いていた彼女はその音に気付いて、僕の方を向いた。
「……汐莉」
 ポケットに手を入れて、そこにあるものを確かめた。数日前、僕が1人で買いに行った、彼女へのプレゼント。可愛らしくラッピングされた包みを彼女に差し出した。
「なにこれ」
「プレゼント。大したもんじゃないけど」
「えっ開けていい?」
 彼女は包みを開けると驚きと喜びの混ざった表情を僕に向けた。
「わ、これっ……」
 僕は自分の携帯を取り出して、そこについているストラップを彼女に見せた。彼女へのプレゼントの片割れだ。
 前に2人で出かけたときに彼女が欲しそうに眺めていた、ペアのストラップ。
「あの、あたしも」
 彼女は自分の鞄の中から大切そうに包みを出した。お店で買ったものじゃない、自分でラッピングしたみたいだ。
 彼女が両手で差し出したそれを、僕は受け取った。
「開けていい?」
 彼女が頷いたのをみて僕はリボンをほどいた。中身は、手作りのお菓子だった。
 彼女から何かもらうのも、まして手作りのものなんて、初めてだった。
「これ、汐莉が?」
 僕をじっと見ていた彼女の目を見ると、彼女はすぐに表情を変えて言った。
「結構、頑張ったんだから」
 彼女は完璧に表情を変えたつもりでいたんだろう。でも、僕にはその奥の不安の表情が見て取れた。
 ぼくはクッキーを一つつまんで口に入れた。
「おいしい」
 僕は素直な感想を口にしていた。
 が、すぐに彼女の反応について思いを巡らせていた。 
 照れ隠しで叩くか、怒るか、いや違う――
「ほんとに?よかったー」
 彼女は心からほっとしたようだった。
「ひろ、これありがとう。めっちゃうれしい!」
 こんな風に彼女の笑顔を見るだけで、僕も幸せになれるんだ。
 何度もわー、と言いながらストラップを眺める彼女に感じるこの思いはきっと、愛しい、なんだろう。
 僕は自転車の前かごに入れていた紅茶を開けて一口飲んだ。きっとこの味も好きになれる。この温かさは、彼女がくれた温度。
 僕の鼻がヒヤリと冷たくなった。ふと空を見上げると、小粒の雪がちらちらと舞い降りていた。
「雪だ!今年初だね~」
「だな」
 僕たちは目を見合わせて微笑んだ。彼女の笑顔は今までの笑顔の中で、一番きれいだった。
 僕は自転車を軽く押して歩き始めた。
「さ、はやく帰ろうか。はやくしないと冷え」
「あっ電車!電車の時間やばい!」
「えっ」
 彼女は僕の手からさっと紅茶の缶を奪って自転車の後ろの荷台にまたがった。
「早くこいで!はーやーくーっ」
 彼女は笑いながら僕に言う。
 友達が見たらまた尻に敷かれてるって言うかな。でも。
「よし、ちゃんと乗ってろよ」
「はーい!」
 僕は力強くペダルをこぎ始めた。