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充溢 第一部 第二十話

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第20話・8/9


「お嬢ちゃん、相変わらず年寄りには威勢がいいねぇ。
 若い男よりも、そっちの方が好みかい?」
 あの道化師だ。助平な事を考えているような顔で近寄ってくる。
「何をふざけた事考えてるの? いい歳して馬鹿じゃないの?」
 一刻も早く遠ざけたい気持ちで、暴言を吐く。ここまで気兼ねなくやれるのも彼ぐらいなものだが。
「おお、その調子だ。嘘臭い女は嫌いだからな。
 頭の悪い男は、嘘臭いのを好きになりがちだって言うがな」
 常と違わず偉そうにしている。頭の悪いという下りには同意したい気持ちだったけれど、相手が相手なのでそう言う顔も出来ない。
「貴方に好かれるなら、馬鹿な男の方がマシよ。
 貴方が"頭のよい方"に分類されるならね」
 一本取られたとばかりに、高笑いするディオゲネス。この男はそんなことで口をつぐむ筈もなく、こちらが立ち退く間も与えずに続ける。
「嘘も方便って言うが、騙している事にはかわりないからなぁ。
 嘘を吐くってのは、相手の知能をその嘘に似合う程に見積もっているだけの事。
 結局、相手を馬鹿にしているだけだぁ」
 そして、馬鹿な人ほどその見積もりが甘いので、下手な嘘を重ねるのだ。
 これも気分に反して同じ意見になってしまう。やっぱり癪だ。
「じゃぁ、正直に、何度も言ってあげる――この馬鹿!」
 『有難い』としみじみとした顔をする。憎たらしい顔だ。
「この世は嘘だらけよ。みんな、自分が馬鹿だと思いたくないから、それを口にしないだけ。
 みんな騙された振りしていれば、惨めじゃないでしょ」
「だから、儂みたいな正直者は馬鹿にされるんだなぁ」
 得心いったという顔をしている。でも、自分の事を正直者という正直者などいないのだから。そのつもりで言っているなら、酷いいいようだ。
「問題は、真実と虚構の違いが区別されないだけでしょ?
 それなら、貴方の言うことが嘘っぱちなのか、本当の事なのか、同じく区別がつかないじゃない」
 またもや、迷宮の入り口に立たされた。世界は、重ね合わせの状態なのだ。
 この考えを補強するように、男は『全部が全部、嘘』だと言う。
 『空っぽ』なのだろうか? 男は、嘘が空っぽとは限らないと答える。
「第一、空っぽは空っぽから考えることなんてできるのかい?」
 無が存在の否定であるなら、無の存在性を肯定できないのだ。極めて急峻な深淵がそこに存在する事に気付いた。
「もう、そうやって、答えの出ないような事に話を持っていく」
 逃げ出すように、議論をはぐらかす。
「お嬢ちゃんらしくないなぁ。
 そういう時は、無駄に黙っちまうのになぁ」
 ディオゲネスは、勝ち誇ったように笑う。私の何を知って言っているのか。やっぱり腹が立つ。

「ほれ、若者が恋をするのは良いことだ。こんな話に付き合うぐらいなら、男を見つけるんだな」
 何を急に突き放すのだろう。男の言葉に、不安になった。あの四人は何処へ……またやってしまった、あの男にまんまとペースを掴まれてしまった。
「またきょろきょろしてるのかぁ?」
 出逢いの日の言葉を思い出した。
作品名:充溢 第一部 第二十話 作家名: