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充溢 第一部 第十六話

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第16話・1/4


 大法廷と名付けられているが、実際は勅令を出したり、何かの調印式を執り行ったりと、儀礼的な場面でよく使われるホールである。
 天井のフレスコ画は、評議会の議場の天井画と同時期に描かれ、二人の画家に競わせたと言う。どちらも後世に残るに違いない名画だ。天井に見とれるばかりではいけない。意匠の凝らされた柱や壁は、幾何学的に計算された配置が成されている。
 この素晴らしい空間で行われるにしては、小さな事件だ。そう、こんな話は、公証人を通して決着を付けるのがお似合いなのだ。
 よく公爵を引っ張り出せたものだ。公爵が裁判を取り仕切るとなると、大衆の関心は一気に高まる。
 調子に乗った貿易商が、すぐにでも殺されるとなれば、人の不幸の大好きな人間どもが集まると言う寸法である。
 この大勢の中で、彼の潔白を証明すれば、後腐れが長引く事もあるまい。ポーシャはその為に、この舞台を演出したのだ。

 法廷に原告イアーゴーとその弁護士が登場する。続いて、被告の弁護士が、そしてアントーニオが兵士に引かれてやってきた。
 場内は怒号と野次とが渦巻いた。
 誰も彼も、彼に直接の怒りを持っている訳ではない。日常のどうにもならない小さな苛立ち、惨めさを――社会で、家族で、個人の中に存在しているケチ臭いわだかまりを――ここで精算しているのだ。
 こうした人は、常日頃から当たり散らす理由と対象を探している。部下であったり家族であったり、街中で見かけた気の弱そうな者、小さな店の店員――反撃してこない者を探しては、辛く当たる。口実はいくらでも作れる。しかし、それは、やがて、自分の所に戻ってくるという循環の中にある。円環ではなく、同じ所に立ち止まって、何一つ進まぬ循環がそこにある。
 せせこましく、毎日の感情を消化して、明日にはすっかり忘れてしまう灰色の毎日の循環だ。

 被告人にばかり意識は集中されたが、その後、弁護士に目が向き、これも野次の対象となった。
「あんなガキでも弁護士をやれるなら、俺にだって出来らぁ」

 遠い席からよく言えたものである。これは、単に被告の弁護士と言うだけで発せられた言葉だ。彼らは何も見えていないのだ。
 この男装のネリッサ――シザーリオの凛々しさを。


 品の悪い傍聴者に囲まれ、スィーナーは念じた。
 悪人にさえもなれない人間の癖に――悪事を働かなければ悪人になれないで済むと信じているんだ。
 天国は善人のために……自ら欲して善人になる人間の為に開かれているのであって、地獄から逃れる事にご執心な人間には、地獄でさえその門を閉ざす。と。
作品名:充溢 第一部 第十六話 作家名: