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茶房 クロッカス その4

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 あの年の暮れ、俺と優子は初めての二人だけの初詣をするために、前夜の十一時に駅で待ち合わせをしてこの神社にやって来た。
 あの頃は今ほどの人出ではなかったような気もするが、実際のところあの時の俺は、優子と二人っきりで迎える新年が嬉しくって、他人のことなんてほとんど見てなかったかもしれない。
 あの日も、全ては除夜の鐘から始まった。

 神社の境内の賽銭箱の前には、何メートルもの幅で人の生垣ができている。
それが少しずつ前から割れてゆき、それに伴い後ろから押されるように、そして流されるように前に進んで行く。
 人混みにはぐれないように、俺たちはしっかり手を繋いでいた。
 ようやく賽銭箱を目の前にして、俺たちは繋いだ手を離すと、財布から取り出した小銭を放り、両手を合わせて神様に祈った。
 俺はもちろん、優子との将来が幸せなものでありますように……と。
 あの時優子は何をお祈りしたのか……。 
 後で尋ねても「ふふっ」と笑って見せただけで、何も答えてはくれなかった。
 だけど俺は、優子もきっと俺と同じことを祈ったに違いない! と、勝手に確信していた。

 お詣りを済ませた後、二人で境内の中に出ている色んな露店を見て歩いた。
 美味しそうなたこ焼きを買って、すぐそばの展望台を兼ねた見晴らし堂に登り、一番奥の段差に二人並んで腰掛けて、それを一緒に突付き合って食べた。
 あの時のたこ焼きは、どうしてあんなに美味しかったんだろう……。
 そして朝までそこに座ったまま、取り留めもなく話し、そして笑った。
 途中ふっと視線が絡まり合って、どちらからともなくそっと口づけを交わした。
 幼い愛だったと思う。しかし、幼いながらに互いを大切に思っていたはずだったのに……。どうして別れたりしたんだろう。

「きゃー! 何すんのよー!」
 突然の奇声に、ハッと我に返った。見ると、若いカップルがふざけているようだ。
《ふふっ、若いっていいなぁ。 ――あっ、こんなこと思うようじゃ、本当に俺もオッサンだな》
 自分で自分がおかしくなった。

 ふと気付くと除夜の鐘も鳴り終わり、人々がお詣りしようと移動し始めていたから、俺もぼちぼちと流れに沿って移動を始めた。
 ようやく賽銭箱の前まで辿り着いて賽銭を放ると《はて、何をお願いしよう……》と、考えた。
 後ろに人が待っている。のんびりしてはいられない。
《せめて優子にもう一度会わせて下さい》
 咄嗟にそう願ってしまった。到底叶いそうもないのに……。
 お詣りを済ませた俺は、また一人自転車を走らせて家まで帰った。
 そして、家に帰って気が付いた。
《そうだ! 年越しそばを食べてなかった……》
 いくら何でも、年が明けてからじゃあ年明けそばだ。
 俺は、年の終わりの最後にもドジをしてしまったかぁ……と、少し悲しくなった。が、今年こそは必ず食べてやる! できれば一人じゃなくっ! と思い直した。