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認定猶予 -Moratoriums-

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境界と魂


 まずは情報収集だと白城が言い、二人は『情報屋』の所在を探すことになった。
 とは言っても、情報屋の活動圏は限られるそうで、二・三当たりをつけている場所を巡ってみれば簡単に捕まえることができるらしい。
 案の定、並木通りの喫茶店でかちゃかちゃとキーボードを叩く彼の姿を発見した。その風貌を見て悠花は些か驚嘆する。白城が懇意にしている情報屋だというからには壮年の渋い男性かと思っていたのに、彼が手を挙げて合図した相手は、まだ二十代初めくらいの青年だった。
 縞のシャツに白色のニットなどを合わせ、顔つきは線が細く中性的。同性の目でも分かる、いかにも爽やかな好青年といった感じだ。
 目が合えば、白城が歩み寄ってくるのを認める。けれど唯一奇妙なことに、一人がけのテーブルで彼は微笑さえ浮かべて喋っているように見えた。一体どういうことなのかと悠花がいぶかしむのも数瞬で、よく見れば耳に付けたインカムマイクで誰かと通話しているらしかった。

「――じゃあ、また直ぐに。よろしく」
「相変わらず忙しそうだな、沙月」
 通話の終わりを待つか待たないかというタイミングで白城が声をかける。沙月と呼ばれた青年は寸分の狂いもないにこりとした笑みを浮かべて、
「そういうシロさんは相変わらず暇そうだね。あれ? 知らない子がいる」
 青年の目が白城の傍らの少女に留まる。悠花は白城の背後で萎縮し、やっとの思いで小さく頭を下げた。
「隠し子? それとも恋人?」
「残念ながら助手だよ」
 呆れた心情を隠すこともなく、溜息を吐き出す。
 白城は振り返り、ポケットから両手を出すこともなく顎で示した。
「こいつが沙月だ。雨原沙月」
 名前を呼ばれて、再びにこりと微笑む沙月。
 悠花は軽々と言葉を交わす二人を交互に眺めていた。少なくとも悪い人ではなさそうだ。ただし、もしかしたら怖い人なのかもしれないとは気構えしながら。

「はじめまして。キミは何ちゃん?」
「答えなくていいぞ。からかわれるのがオチだからな」
「僕だってかわいい子を虐げたりしないよ」
 まぁ、苛めたりはするかもしれないけどね、等と付け加えるので、益々白城の表情が不快そうなものに変わる。けれども彼のそれは旧知の仲の相手に向けられるものだと見て取れたので、悠花もまた不必要に困惑する必要もなかった。
「遠野悠花です」
「ハルカちゃんか。可愛い名前だ。よろしくね」
 あまりにも自然に褒めるので、つい視線を逸らしかける。けれどそれが失礼なことだというのは、あまり物を知らない悠花にも分かった。だから懸命に、よろしくお願いします、と頷き返して。
「それにしても、まだ若いのに。大変だったね」
 今の今まで白城を茶化していた彼の、色素の薄い目が僅かに細められる。
 つられて微笑みかけていた悠花は表情を正し、いえ、と口の中で答えた。それから控えめに白城の顔つきを窺う。
「そういうしみったれた話は後にしろ」
 懐から引き出した紙の箱から一本を取り出す。沙月の向かい側、オープンテラスの一角にどかりと座る白城の姿は、なんだか不似合いだった。おまけに屋外とはいえ分煙スペースである。沙月は、今度こそ困惑の眼差しを彷徨わせる悠花へ着席を促し、
「とりあえず、15分なら」
 あからさまに白城が怪訝な顔つきになる。これには肩を竦めた。
「待ち合わせなんだ。僕だって忙しいんだよ。来週にはゼミの中間発表があるし、そろそろ就職活動だってしなきゃいけない」
 沙月の背後に立ったままだった悠花には、彼のパソコンの液晶ディスプレイが見て取れた。それから、白いテーブルの上に積み重なった数冊の本。どうやら民俗学らしい。『境界論』と書かれているが、他にも目に止まった単語から察するに――彼岸と此岸の境。

「気になる?」
 思わず拾い読んでいた彼女の思惑を、沙月が遮断する。少女は我に帰り、すみません、と慌てて頭を下げる。
「本当はこんなもの、僕の経験で打破できちゃうんだけどさ。ああ、逆かな。余計に複雑になるかな?」
「俺に聞くなよ」
 眉根を寄せながら、ふうっと灰色の息を吐き出す。白城はどうも彼の話に興味がないようだ。けれど悠花はそうはいかなかった。沙月が視線を注いだままキーボードを叩く様子を食い入るように見詰める。
「死者と生者の違いなんて些細なものだよ」
 手を動かしながらも、器用に少女に語りかける。少女が胸の前で僅かに拳を握ったのには気づくこともない。
「物を考えるか、考えないか。自分を大事にするかしないか。心臓が動いているか。魂なんてどこにあるかも見えないのに」
 視界の端で白城がちらりと悠花を確認する。そして相変わらず興味がなさそうに、眼前の煙と共に青年の持ちだした話題を振り払う。
「それより、こっちの話だ。15分しかないんだろう。それとも心の広い沙月は時間を延長してくれるのかね」
「――っと、そうだった。じゃああと10分だ。仕方ないから簡潔に、手短に話してくれる? シロさん」
 雨原沙月の笑顔は、どこまでも完璧だった。
作品名:認定猶予 -Moratoriums- 作家名:篠宮あさと