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認定猶予 -Moratoriums-

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 時計の針を少し過去へと戻そう。
 あれは数日前か数週間前か、ともすれば数年前の出来事。埃塗れの、教室一部屋くらいのワンフロア。室内はごちゃごちゃと机や棚が押し込まれていて、実際はもっと狭く見えた。
 その部屋のドアを開けて、ひとりの少女が入ってきた。真っ白なワンピース姿の、まだ幼さを残した面影の女の子。彼女はどこかぼんやりと夢でも見ているような面持ちで部屋の中を見渡した。そうして、ブラインドに仕切られた窓の傍、煙草をふかしている男の存在に気が付いた。

「いらっしゃい」
 N極とS極がお互いを引き寄せるようにして、視線が合った。男は突然の来客に動じることもなく、むしろ歓迎の笑みさえ浮かべて少女を迎え入れた。
「あの」
 少女がやっと声を上げた。所在無げに胸の前で指を弄び、今更ながらドアを開けてしまったことを後悔したのか、申し訳なさそうに視線を落とした。
「ああ、そうか。客じゃないんだな」
 納得したように男は頷く。益々少女は萎縮して、けれど逃げ出してしまう様子はなかった。
「あの、ええと」
 だから男は、穏やかに声をかける。
「お前、名前は? それくらいは分かるだろ?」
 ふわりと苦い香りが喉の奥に届く。煙草の匂いだと分かって、鈍っていた彼女の思考回路に働きかける。
「遠野悠花、です」
 まだ緊張したままだけれど、それでも幾分ほっとした表情で少女が答える。二人の距離が一歩分近くなる。シロは今聴いた音をトオノハルカ、と復唱し、それから机の上にあった新聞紙を四つに畳んだ。
「どんな字を書くんだ」
 黒の油性マーカーと新聞紙がぐいと少女のほうへ突き出される。その行動の意図するところを汲み取って、悠花はマーカーの蓋を引っ張って外した。
 さらさらと慣れた手つきで自分の名前を書く。けれど控えめに、記事の邪魔にならない場所を選んで。
 その文字列に視線を走らせる。華奢だけれど丁寧な文字。まるで悠花という少女の性格をそのまま表しているような。細身の四文字を何度か音と合わせて読み返して、
「――よし。覚えた」
 小さく顎を引く。それから新聞を事務机の一番下の引き出しへと仕舞った。
「それで、お前は此処でいいのか? どこか行きたい場所はあるのか」
 途端に悠花の表情に困惑と不安の色が混じる。無理もないと思った。きっと彼女だって好き好んでこの部屋のドアを開けたのではないはずで、だからといってこの辺りに詳しいわけでもないだろう。
「よく、分かりません」
 案の定、消え入りそうな返答がある。折角狭まった一歩がふらりと退けられる。けれど、男は気分を害したふうではなかった。反対に気遣うように、そうか、と静かな視線を向ける。
「なら此処にいるといい。何処か行きたい場所が出来るまで。此処はそういう場所だからな」
 悠花の瞳が、じっと男の顔に注がれる。警戒しているのかもしれないし、この男がどのような人物なのか確かめようとしているのかもしれない。彼の言動の真意を欲しているのかもしれなかった。
 やがて詰めていた息を、ふと解放する。それを感じ取って男もやっと肩を下した。
作品名:認定猶予 -Moratoriums- 作家名:篠宮あさと