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認定猶予 -Moratoriums-

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赦されるということ


 地上五階にある事務所の扉を蹴破る勢いで、パンツスーツの女性が入ってきた。
 赤めの髪を後頭部で器用に纏めて、その表には色つきフレームの眼鏡。職場からそのまま抜け出してきたかのような出で立ちは、彼の煤けた事務所には不似合いだった。

「相変わらず汚い部屋ねぇ」
 書類なのか紙屑なのか分からないもので溢れた棚や机。応接用のテーブルの上にまでそれは積み上がっていて、到底接客には向かない。扉を開けた反動で雪崩れたその山のひとつを拾い上げながら、女性は溌剌と声を張った。
「シロいるー?」
 光源も少なく、薄暗いままの部屋。しかし反応があった。埃の舞い上がる光の中に紙の擦れる音がして、また別の声が答える。
「なんだ朝っぱらから、うるさい奴だな」
 返事をしたからには、彼がシロという人物らしかった。男はとても億劫そうで、証拠に読み耽っていた新聞からは目も上げない。そんな態度にも慣れているらしい、眉を顰めて見せはすれど、お互い取り立てて気分を害する訳でもないようだった。
「随分な言い草ね。どうせ暇だろうと思って仕事持ってきたんでしょうが」
 新聞のスクラップらしい紙の束を手近な山の頂上に乗せた。山は絶妙なバランスを保ったまま、そのすぐ脇で女が仁王立ちしても再び潰えることはなかった。
 反対に二人のやり取りにはらはらしているのは、部屋の隅に居た少女だった。自分用に宛がわれた事務机でパソコンと格闘していたのを中断して、突然の来客と上司の言い合いに明らかに顔色を変えている。元々高くない背を更に萎縮させ、今にも紙束の影に埋もれてしまいそうだった。
 その姿に気き、女が明るい声を発した。
「あら、助手さん? やっと雇ったのね」
 視線が自分に向けられて、脅えながらも会釈を返す。それが精一杯だった。ふわりとしたシルエットのワンピースにボレロ。淡い色合いも兼ね合って、今にも消えてしまいそうな儚さがあった。
「かわいい子ね。はじめまして。あたしは高座灯。アカリちゃんって呼んでね。あなた、お名前は?」
 アーモンド形の瞳が揺れる。薄桃色の唇が恐る恐る開かれるのを遮って、シロがぱたぱたと腕を振った。
「おーおー可愛いだろ。お前と違ってな。だからあんまり吠えかかんな、脅えさすな」
「本っ当、客人に優しくないのね」
「身内と依頼人には優しいさ」
「だから依頼だって言ってるでしょ。はいこれ。迷い人探し」
 眼前に突き出されたのはA4サイズの安っぽい紙と一枚の写真だった。自分が持ってきた依頼だというのに女からそれ以上の説明はなく、仕方なく彼が自ら目を通すことになった。
 紙切れのほうは尋ね人の張り紙のコピーで、そこに乗っている男の顔が幾分か鮮明に映っているのがもう一方の写真だった。
 男の左手が灰皿の喫い掛けを探る。銜えざまに引き出しの上段から100円ライターを取り出せば、忽ち彼の輪郭を紫煙が包んだ。
「って、また厄介な。これ、どう考えても向こうに行ってんだろ」
「迷い人なんてそんなもんでしょ。ミレンばっかりあって、自分では帰れない」
「浮かばれないねぇ。可愛そうなのは誰だってな」
 彼の目が同情を含んだまま、写真の男に注がれる。屈託なく微笑んだ口元が、余計にもの悲しさを感じさせる。
 光沢紙の表面を灰色の煙が撫でる。

「どうせ暇なんでしょ。身体鈍らないようにたまには運動したら?」
 意地悪く、それでいて妖艶にその口角を引きつらせる。かちり、アメシスト色のフレームを押し上げながら。
 一方の男、シロは相変わらず苦笑めいた溜息を零すばかり。
「そうだな。恰好の暇潰しだ」
作品名:認定猶予 -Moratoriums- 作家名:篠宮あさと