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認定猶予 -Moratoriums-

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レゾン・デートル



「いい香りね」

 来客ソファにゆったり腰掛けて、高座灯が白磁のカップを傾けている。正面にはカップがもう一つ。時計の針の音ひとつしない室内は、その香りだけでどこかの英国庭園でのティータイムに変貌する。
「たまにはいいわね。むさいおっさん抜きでお茶にするのも。本当はあたし紅茶派なのよね」
 ハーブティーも好きよ、と付け加えて微笑む彼女に、悠花は、
「じゃあ今度からは紅茶を用意しますね」
 そう言って自らもベルガモットの香りを楽しんだ。

 これは少し未来の一場面。
 テナントビルの最上階にある事務所で、また一人で留守番をしている少女の元へ、いつかの約束通り灯が遊びに来たある日のことだ。彼女はお気に入りの茶葉を手土産に、きっと退屈しているだろうと悠花の様子を見に来たのだった。
 灯は普段通り、かっちりとしたパンツスーツ。赤めの髪を器用に後ろで纏め、その鼻先にはアメジスト色のセルフレーム。いつだって彼女は『働く女性』そのもので、悠花はそれを知ってからも認識に変化はなかった。
「ありがとう。こうしてお喋りして相手の趣味を知るのはとても素敵なことね」
「はい。私もそう思います。ただ、私はあまりお喋りが得意じゃないですけど」
 それから、がんばります、と手振りを加えて意気込んでみる。こうしてみれば、悠花も随分この環境に慣れてきたように思える。
「努力はいいことね。前進するということは有意義だわ」
 大儀そうに足を組み替えては、ふと天井を見上げた。年季の入ったロックウールの天井板。建てたときのままのそれらは所々くすんで、隅のほうは欠け落ちているものもあった。
「本当は何もかも無意味なのよ。事務所を成り立たせることも、慈善的に人助けをすることも、あいつが好んで吸う煙草も、珈琲も」
 ふうっと宙へ向かって溜息を吐いた。埃の影が絶え間なく揺れる。まるで波紋のように部屋全体へと広がっていく。

「『過去』のことなんてどうでもいい。それでも、無意味でも、あたしたちは身体に染み着いていた習慣を懐かしんで、誰かを愛したことを思い出しながら待ち続ける。そうするしかないし、そうしていたい。この身がついに消えてどこかへ廻り出づるまで」

 悠花は、彼女の言葉を真っ直ぐに聞いていた。手放したティーカップの中にも小さな波紋が広がって、すぐに見えなくなる。抑揚も薄く形作る言の葉は、今も尚空中を歪ませている。
「あたしの本当のことはシロから聞いてる?」
「はい」
作品名:認定猶予 -Moratoriums- 作家名:篠宮あさと