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認定猶予 -Moratoriums-

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 目を開けたことで、悠花は自分が今まで眠っていたのだと気付いた。
 部屋を見渡すつもりで身体を起こした。先刻まで朝焼けに霞んでいた空も今はすっかり灰色で、大分時間が過ぎていることを知る。
 それから、自分がソファに横になっていたこと、身体に見慣れた毛布とジャケットがかけられていることも。
 僅かに紫煙の香りのする上着。数日間無人だったデスクには灰皿と吸殻。けれど、室内には肝心の誰の姿も見当たらない。
 夢だったろうか。それとも、今見ているこれこそが夢か。毛布を半分被ったまま呆然とブラインド越しの空を眺めていると、ふいに彼女の耳が食器の擦れる音を拾った。
 カチャカチャと硬質なその音色はいつしかすぐ側に。視界に影が落ちて見上げれば、目の前に真っ白なマグカップ。それからココアの香り。悠花はぼんやりと座ったまま。
「おはよう……ございます」
 その眼差しへ、まだ夢見心地で応える。相手は柔らかく微笑んだ。白城だった。
「ばっちりだったな。タイミング」
 彼は差し出したマグカップを悠花に握らせると、自分のデスクへと戻った。そこには読みかけの新聞が広げられていて、左手でコーヒーの入ったカップを持ったまま器用に折り返した。
 悠花は温かい陶磁の感触を確かめてから、冷えた唇を触れさせる。
「――ありがとうございます」
 ほろ苦く、甘い。いつも飲んでいるものとは違う味。
 けれど、白城がさっき持っていたカップの香りはそちらのものだった。悠花がよく彼に淹れるものと同じ、砂糖もクリームも入らない飲み物。つまりこのホットココアは、悠花のために淹れられたもの。
 もう一口。マーブル模様が溶けて、みるみるうちに現実が確立されてゆく。ここは事務所で、白城は今確かにここに居る。朝方に彼の姿を発見したのも、幻想ではなかった。
 それにしても、自分は確かに床に腰下していたと思ったけれど。ソファで眠っていたのは白城のほうだったはずだけれど、これは一体どういうことだろう。

「どれくらい経った?」
「4日くらい、です」
 尋ねられたままに悠花が返せば、そうか、と思案顔で珈琲を飲み下す。
「長い間留守番させて悪かったな。何か問題は起きなかったか」
 悠花は短いようで長かった時間経過を思い返し、責任者である彼に伝える必要がある出来事を探した。しかし基本的に人の出入りの少ないこの事務所では、取り立てて懸案事項は見つからない。
「いえ。でも、お客さんがありました」
 首を振ってから思い直すと、白城はちょっと眉間に皺を寄せて、
「そっか。ありがとな。助かった」
 視線が端末と新聞越しに少女へと届く。少女は小さく頷いて、毛布の内側から外の世界を窺っていた。そう、自分が毛布の中のままだということを思い出す。
 ソファの上で丸くなって、やがて、そろりと床に足を下ろした。目に映る光景が正常な角度になる。傾いでも歪んでもいない、普段の自分自身の視点。だから俄かに白城の様子が気になって、右手をカップとキーボードに行き来させている姿を盗み見た。左手は新聞を放さないまま。両目も基本的には新聞のほうに向かっていて、時折キーボードを叩くのに合わせて液晶画面を確かめている。
 ややあって、白城が口を開いた。
作品名:認定猶予 -Moratoriums- 作家名:篠宮あさと