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不毛なダイヤモンド

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その二、彼のあだ名はアイアイである。


相沢くんにはあだ名がある。
「君たちにとって一番大事なものは何かな?」
以前、国語の時間に先生が戯れに生徒を順番に当ててそう問いかけたことがあった。
一応、評論文の授業らしく、筆者の主張で「人間にとって一番大事なものは」云々かんぬんというくだりがあり、それになぞらえて実際に考えてみよう、といういきさつがあった。
聞かれた私たち生徒は隣の人間と顔を見合わせたりしながら、順番に答えていく。
「命」
「先立つものはお金ですよね」
「時間。時は金なりってことで」
「家族」
「ヘソクリです。金額はナイショです」
と、調子よく答えが挙がったところで、相沢くんが当てられた。
「愛です」
一瞬、教室が静まり返った。クラス中の人間の目玉が相沢くんに向かって動く音が聞こえそうなほどだった。
誰もが、先生までもが思ったはずだ。
『それって、冗談?』
アイラブユーが大安売りされるこのご時世、返ってその単語は私たちには聞き慣れないものですらあって、相沢くんが発音したようなまっさらな響きで使われることにビビってしまったのだ。
相沢くんはいたって真面目だった。平然としていると言った方が正しいのかもしれない。
ウケ狙いの男子特有の「笑い待ち」の期待が少しも感じられない相沢くんの目は、もともと目が大きいことも手伝ってすごく澄んで見えて、夜中に鏡を覗き込むときによく似た怖さを感じた。
何か得体の知れないものが出てくるんじゃないかという恐怖。そんな自分をバカバカしく思う反動。
教室はその一瞬の沈黙を恥じるかのように、急にそこかしこで笑い声を上げた。
「相沢が愛って」
「わ、名前にもあるじゃん、愛」
「それは名字だろ」
「すげー。さすが相沢。自分の名前にも愛をしのばせるとは」
アイラブユーが大安売りされるご時世において、「愛」という単語はブランド物なんかよりよっぽど嫌味に映るほどの超高級品で、だからこそ私たちはそれにケチをつけることで自分の貧乏性から目を逸らそうとしたんだろう。
相沢くんの「愛」という言葉には、私たちの短い人生で使ってきたどの「愛」よりもきれいで、ひたすらにまぶしかった。
自分がガラス玉しか持っていないからこそ、ダイヤモンドを無造作につけている人は目につく。
そのときの私たちは、初めて見たダイアモンドの輝きから目を守ることに必死だったのだ。
「愛が大事な相沢、略してアイアイ」
誰かが高らかに宣言して、そのまま定着した。
あとで「アイアイ」を調べたところ、大きな目が印象的なサルだということがわかった。
私はアイアイの写真を眺めながら、相沢くんの大きくて澄んだ眼を思い浮かべて、なかなか悪くないと思った。
見つめられた人間が言葉を失くしてしまうほどの力を持った目。
彼にぴったりじゃないか。
作品名:不毛なダイヤモンド 作家名:やしろ