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ドビュッシーの恋人 no.3

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恋の都の芸術家たち



彼女を待つ時間が好きだ。
カフェ『エスメラルダ』の店内から煎りたての珈琲の香りが漂う朝。
テラス席に立って空を仰げば、ノートルダム大聖堂のシルエットが視界に映える。あの聖堂の鐘の音が鳴り始める頃、彼女は店にやってくるだろう。

「ボンジュール」

カフェの扉から、彼女の澄んだ声が聞こえた。
ボンジュール。ミランは素早く入口へ向かい、心待ちにしていたお客の来店を迎え入れる。
今朝の彼女は黒のツイードワンピースをコートの下に着こんでいた。いつも一つに束ねていた巻き髪もめずらしく下ろしていて、普段と印象がだいぶ違う。
見慣れないシックな装いにどきっとしつつも、ミランは彼女をテラス席に案内した。

「いつものをお願いします」

彼女の注文に、ウイ、と小さく返事をした。そのまま足早に店内に戻り、店主にオーダーを伝える。
本当は今日こそ名前を聞くぞと意気込んでいたミランだったのだが。今朝の彼女の様子を見たら、そんな気もすっかり消沈してしまった。それどころか、今まで秘められていた彼女の魅力を見た気がして、ミランは内心ひどく焦っていた。
ほんの少しでも彼女の新たな一面を知っただけで、ミランの心は面白いように浮きだってしまう。それほどまでに、ミランは彼女の一挙一動に夢中なのだ。


その日の夕方、アトリエで仕事用の資料整理をしていると、一本の電話がかかってきた。電話の相手は、仕事の打ち合わせで外出しているカミーユである。

「アトリエに忘れ物をしたんだ。デスクの上に小包があると思うんだが」
「わかった。すぐ届けに行くよ」

場所はシャンゼリゼ大通りにある高級レストラン。
パリの人気アーティストともなると、打ち合わせに使う場所も違うな……。なんて思いつつミランがデスクに目を向けると、そこにあったのは明らかに女性用のプレゼントらしき小包だった。

(仕事、じゃなかったか……)

師匠の女癖の悪さは今に始まったことではない。
確かにカミーユはハンサムで女性が放っておかないようなタイプの人間だ。だけど、その私利私欲な行動のために、自分を使い走りにする癖だけはなんとかしてほしい。上司の権限を横行させるカミーユに疲弊しながらも、ミランは小包を持って渋々シャンゼリゼへと向かう。