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ウミへ

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「カワウソ。ここにはカワウソがいるはずなんです」
「駄目だね。今は水面下にもぐっているみたいだね」
「おおおおっとせいがいる。クォクォ!」
「くぉくぉ?」
「アザラシだ。白いアザラシちゃんがいる。かわいいな。わあ、近いな。ああ、近すぎてうまく写メれない」
「近くでみるとややぶっさい、いいやなんでもない」
「皇帝ペンギン2号!」
「ああ、前にサナギとテレビで見ていたね。でもあれはオオサマペンギンだね」
 始終元気なトオル君の呟きに付き合いつつ、抱き上げたサナギの様子を見る。元から無口な子供はガラス越しに見える動物たちに興味津々で目を輝かせている。前来た時はどんな顔をしていただろうか。うまく思い出せない。
「ぷくく、見てください渚さん。カビパラ、カビパラがいますよ。アキさんにグッツおみやげに買ったら喜んでくれるかな」
「ああ、しかしやっぱり実物とキャラクターは微妙に違うな。やはり。微妙という言葉で表していい範囲かは不明だが」
「ぶくく、ぶさかわいい」




「あ、寝ちゃっています」
「ああ、本当だ」
 熱帯魚の集まる水槽を眺めていると、トオル君は眠っているさなぎの頬をつついた。サナギは僕に凭れて眠っていた。
「近くにベンチがある。座りますか」
「僕たちは少し座っているよ。トオル君、先に見ていていいよ」
「他人行儀はなしです。渚さんコーヒーはブラック派でしたよね。買ってきます」
 声をかける前に走り出した背に反射的に手を伸ばしたところで間に合わなかった。せめてお金を渡させて欲しかったなと思いつつ、涎を垂らして眠るサナギを見下ろす。自分も昔、こんな感じだったのだろうか。温かい背をぽんぽんと一定のリズムで叩く。目の前にはイルカが泳ぐ大きな密閉空間が広がっていた。ガラス越しに映りこんだ己の姿がくっきりと映る。
「おまたせー。渚さんにはブラックコーヒー。サナギにはオレンジジュースです。サナギの分は僕が持っておきますね」
「トオル君」
「はい」
 となりに座ったトオル君の姿もガラスに映りこむ。
「済まないね」
「いいえージュースくらい」
「そうじゃなくて。こうゆうことに巻き込んでいること」
 目前の水槽には宙で手を動かす僕と隣に缶を三つ並べたトオル君自身が映っていた。僕の手の中は何も映っていなかった。
 自分のカフェオレの缶を開けようとしていたトオル君は僕を振り返り、微笑んだ。
「いいえ」

作品名:ウミへ 作家名:ヨル