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夏風吹いて秋風の晴れ

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銀座を恋人どおしで


支払いはずーずーしかったけど、社長さんに言われたとおりに、甘えて次回にしてもらうことにして、店を出ようとしていた。
俺たちがいる間に閉店の時間になったらしく、店は静かに閉店作業が続いていた。テキパキと従業員さんたちが動いていた。
「このまま、してくんでしょ?」
直美が聞かれていた。
「はぃ、いいですよね」
「もちろん、そのまま帰ってっくれたほうがこっちもうれしいわ。うん。綺麗よ、とっても」
「ありがとうございます」
うれしそうに笑顔で直美が返事をしていた。
「あっ、お願いしたいことあるんだけど、いいかな?柏倉くんにはこの前会った時にお願いしたことなんだけど・・1番はあなたに許可もらわないとね」
「は、はぃ なんでしょうか?」
「そのネックレスをね、秋に発売したいのね、ここのショーケースで新作として・・いいかしら、是非おねがいしたいの?柏倉くんから、聞いたかしら?そのネックレスをデザインしたのは私の母なのね、それで、この話がくるまで、まったくそのネックレスのデザイン画も見たことなくて、初めてこの前見たときにすごく綺麗で是非、作りたくなったの・・もともとは赤堤の聖子さんにだけのオーダー品なんだけど、聖子さんには許可もらったから、あとは直美さんが許してくれれば、うれしいんだけど・・どうかしら・・」
一生懸命に直美に説明をしていた。ときおり俺の方も見ながらだった。
「はぃ、綺麗ですから、もちろんどうぞ。他に同じ形のものが売られても、劉にもらったこのネックレスは間違いなくわたしだけの宝物ですから。形はいっしょでも違うものですから」
直美の左手は、首に下がったネックレスの十字架をしっかりと押さえていた。
「そう、よかった。ありがとう」
「いえ、こちらこそ、こんなに綺麗に・・」
「こっちこそ、お似合いの子でほんとうれしいわ。ありがとう」
「はぃ 大事にさせてもらいます。ずっと・・」

二人で、社長さんとその娘さんと店員さんたちに頭をいっぱい下げて、お礼を言って店を出たのは7時半をまわっていた。
外は銀座の華やかな明かりがいっぱいに広がっていて、これからもう一つの夜の銀座が始まるようだった。
「ありがとう、無理させちゃったんでしょ・・」
直美が腕をとりながら聞いてきていた。
「大丈夫。俺がどうしても、直美につけて欲しかっただけだよ、もちろん直美も喜んでくれればって思ったけど」
「もちろん 大喜びよ、劉。ありがとう」
「うん、叔母さんに返すまでに間に合ってよかった・・」
ほんとにそう思っていた。
直美のことだったから、きっと笑顔を見せて叔母さんにネックレスを返すのは想像できていた。でも、やっぱり、本当の笑顔で返して返して欲しかった。そうなりそうでほっと一息だった。
「ねぇ、劉、ずっーと大事にあするね、ずっとね」
「うん」
「はぃ、」
そう言って、腕に巻かれた直美の手がまたしっかりとだった。
「叔父さんって何のときに、これを叔母さんにあげたんだろうね。明日絶対聞かなきゃね」
「叔母さん言うかなぁー でも何のときだったんだろうね?」
「プローポーズなのかなぁ・・・」
「まぁ それが1番素直なのかなぁ・・でも、それは指輪だったりするかもよ・・」
「そっか、それもあるね・・」
二人で人とぶつからないようにして地下鉄の駅に向かっていた。
ぶつからないようにってよりも、それは くっつきたくてだった。俺も直美もだった。
「そうだ、どっか行こうよ。まっすぐ帰っちゃうのもなぁー せっかくだもん。明日は劉もわたしも休みなんだし、ゆっくりでいいもんね、叔母さんのところは・・午後でいいでしょ?ね」
「いいけど、どこいこう」
「うーん、それよりお腹すいちゃった、俺・・・直美は?」
「お腹すいたぁー どうする?銀座なんかお店全然わかんないでしょ?わたしはわからないからね・・」
「俺もわかんないわ、でも、せっかくだから銀座でたべようか?」
「うーん、それもいいけど、豪徳寺までもどろうよ。落ち着かないもん、落ち着くところがいいや。劉がいやじゃなきゃ、あそこいこうよ。こっちにきて引越しの晩に初めて二人で食べたレストラン。あそこでハンガーグたべよう、ねっ、いいよね。うん。あそこ行こう」
うれしそうな瞳がこっちを見ていた。
大好きな瞳がだった。
「うん、そうしようか。久々かもね」
「うん。今夜はわたし達ってどんな風にみえるんだろね、あのレストランで・・あの時はおっきな荷物かかえてだったからね。わたし達って周りの人からどんな風にみえるんだろうねって言ったんだよね。今夜はどうなんだろうね」
「きちんと見えるでしょ」
「うん、奥さんに見えたりしないかなぁー どうかなぁー それは、無理かなぁー でもきちんと彼とデートって見えるよね、うん」
独り言のように、自分でうれしそうに俺の腕をとって歩きながらだった。
食事の場所でなくたって ここでも。じゅうぶん彼と彼女にみえるはずなのにってこっちは思っていた。
どうみたってそうだった。
わざと、銀座の真ん中で直美のおでこにキスだった。

作品名:夏風吹いて秋風の晴れ 作家名:森脇劉生