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夏風吹いて秋風の晴れ

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結局は慣れた足取りで


鈴木さんが、お昼休憩からもどって、社長からの1万円が入った封筒を渡し、代わりに川田さんが休憩にでると、やっぱり、叔母からの電話が入っていた。
「劉ちゃん、直美さんにはお願いしたんだけど、帰りに寄れるかしら・・」
想像通りの質問だったけど、叔父とは違って、そりゃー けっこう 悪そうにだった。
「さっき、直美のバイト先から伝言もらってるけど、大丈夫ですよ。直美のほうが先にそっちに着くと思うんですけど・・」
「そう。何時ごろかしら?劉ちゃんは・・」
「うーん、店長が夏休み中なんで・・遅いと7時半頃かもしれないです。早ければ6時半ごろに行けると思うんですけど・・」
「そう・・」
「時間よめませんから、直美が来て、お腹空いてるようだったら、食べさせてあげてくれませんか?俺のことは待ってなくていいですから・・」
勝手なことを言っていた。
「じゃぁー そうするかもよ・・でも、晩御飯は用意しておきますからね」
「すいません。お願いします」
「ごめんなさいね。待ってるからね」
「はぃ、行きますから。じゃぁ、夜に」
電話だったけど、頭を下げながら電話を切っていた。昼間にあった叔父よりは落ち着いた口調だったから、少しほっとしていた。きっと、直美が、少しだけ昨日の晩のやり取りを説明していたんだろうって思えていた。
「夕方に何も無ければ、6時にあがってもらっていいですよ、約束なんでしょ?」
電話を切ると、鈴木さんに言われていた。電話の内容を当然聞かれていたようだった。
「いや、別に何時に絶対ってわけじゃないから、気にしないで」
「そうですか・・でも、暇だったらあがっていいですから」
「うん、まー そんときはそうさせてもらうわ」
お客が来れば必然的に帰れないことはわかっていたけど、帰れそうだったら6時にあがろうだった。

しばらくは、お客さんらしいお客さんはやってこなくて、けっこう暇な午後になっていた。
3人揃って、のんびりとって、わけでもなかったけれど、お互いに抱えている事務処理を机に向かってでだった。
それでも、4時に、1人若いお客さんが、駅前の小さなワンルームマンションの中を見たいって言ってきたから、川田さんがお客様と一緒に歩いてご案内をしていた。近くのマンションだったから、それも1時間もしないで終っていた。
俺は、夕方まで、なんだか男のお客様が誰もやってこない日で、1人も部屋に案内をしていなかった。もちろん俺も、女の人を物件の部屋にご案内をしないわけではなったけど、鈴木さんか、川田さんが空いている時は、2人に優先してお客様に一緒に行ってもらっていた。
結局、今日は、受付で物件の書類を見せながらの紹介だけを3件だけの暇さだった。
「鈴木さん、あがってもいいかなぁー これだったら・・」
「あっ、すいません、気がつかなくって・・・」
時計は6時を少しだけ過ぎていた。
「いや、たいしたことじゃないんから、急がなくっても良いんだけどね」
それは、本当の事だった。たぶん、叔母も直美と話せばそれで気が晴れることだと思っていたし、叔母がけっこう悩んでいたとしても、俺が、急いでいったからって解決するもんでもないのはわかっていた。
「あがってください、もう2人で大丈夫ですから・・」
「うん、そうさせてもらうわ。すいませんけど、鈴木さん、明日お休みしてください。ごめんなさい」
店長が夏休み中だったから、明日は鈴木さんの休みじゃなく、土曜日が休みの予定だったけど、俺が叔父に、やっぱり土曜日は家に来てくれないかって、お昼に言われていたから、休みを変わってもらっていた。2人で土曜日に一緒に休むわけにはいかなかった。
「いえ、私はいいんです」
「すいません、わがままいって」
頭を下げて謝っていた。
「主任だって、好きで土曜日休むんじゃないんでしょ」
休みを交代してもらうのに、事情を説明していたから、言われていた。
「すいません、どうしても引越しの手伝いしなくてもっては思うんだけど・・イヤって断るわけにもいかないんで・・」
「はぃ、私は平気ですから」
笑顔で言われていた。川田さんはそれを聞きながら、何のことって感じで、
「誰かの引越しの手伝いですか?」
って俺に聞いていた。
「ちょっと、知り合いに、強引なジジイがいてさ、どうにも断れないんだよね。悪いね」
って、真剣な顔で、嘘をついていた。社長の家に、養女が引っ越してくるんですよってのは、さすがに言えなかった。
「そうですか・・大変ですね」
って、川田さんに言われて、
「はぃ、大変なんです」
って、もっと、真顔で答えていた。鈴木さんはきっと、笑いをこらえているに違いなかった。
「じゃぁー すいません、今日は帰ります。戸締りよろしくです」
席を立って、背広の上着を着ていた。
「はぃ。今夜はわたしたちも、これで、飲みにいってきます」
鈴木さんが、社長からもらった封筒をこっちに見せながらだった。
「はぃ、気をつけて、あんまり遅くならないように・・川田さんって、ずーっと飲んでますから・・」
お酒の好きな川田さんの顔を見ながら言うと、
「そんなことないですよー」
って、少し怒っていた。でも、こっちは、それを聞きながら、きっと川田さんは、いっぱい飲んで、酔っ払って、それで上機嫌で、結局は鈴木さんの部屋に泊まったりするんだろうなぁー って予想だった。
「まぁー 遅刻しなきゃ、ずーっと飲んでてもいいですから・・じゃぁ、お先です」
言いながら、もう出口のドアを開けていた。夕方でもまだ、暑い空気が外からこっちにだった。
背中越しに「おつかれさまでしたぁー」って声が聞こえていた。
腕時計を見ると、6時15分で、叔母の家には半にはつけないけど、7時までには余裕の時間だった。下北沢は、これから、食事でデートって人や、同僚と、これから飲むぞーって人や、早く家に帰ろうって人達で、通りはいつもながらに混んでいた。それを、いつの間にか身についた慣れた足取りで体をかわして、駅にだった。東京に来たての頃の俺とは、まったく違う足取りだった。

作品名:夏風吹いて秋風の晴れ 作家名:森脇劉生