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夏風吹いて秋風の晴れ

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右手と左手


「いそがしいのか?どうなんだ・・」
いきなり、ドアが開くと叔父の大きな声が響いていた。今日も元気そうで、忙しそうで、せっかちそうだった。
「おはようございます」鈴木さんが、すぐに頭を下げると、
「ごくろうさま」って言いながら、社長というか、叔父は、あっという間に、俺の前に現れていた。あわてて、頭を下げると、ぶつかりそうになるほどの距離に立っていた。
「もう、いけるか?出れるのか?」
「はぃ、鈴木さんいいですか?1時間ほどだと・・・思います」
顔を鈴木さんに向けながら、少し視線を叔父に送りながら口にしていた。叔父の顔はそれでいいって顔だった。
「では、出かけてきますね」
鈴木さんに言いながら、もう、外に向かって歩き出していた叔父を追いかけていた。
忙しくて時間がないのか、せっかちなのか、まったくわからない叔父をだった。
残暑が残っている外に出ると、叔父が乗ってきた黒塗りの車の運転手さんが、ドアを開けて待っていた、叔父に続いて後部座席に座ると、すぐに車は茶沢通りを発進していた。
「和食でいいだろ・・予約してきたから」
「なんでもいいですよ、でも、近いんですか?店が遠いと帰りが困っちゃうんですけど・・送ってくれるならいいけど、食事終わったらどっか行っちゃうんでしょ?」
運転手さんは顔見知りだったし、まったくもって社長とバイトというか社員の会話ではなかった。
「成城のはずれまで、でかけるんだ。ほら、あの病院の近くだ」
あの病院っていうのは、1年前にステファンさんの教会で結婚式を挙げた麗華さんの実家の病院の事らしかった。叔父はその病院の麗華さんのおとーさんとも知り合いだった。
「そうなんだ・・帰りに病院に寄るんですか?」
「いや、時間がないし、向こうも忙しいだろ」
「なんの仕事ですか? 成城に?」
「家の建築を頼まれたんだが・・知り合いの紹介なんで、挨拶にな・・」
「そうですか」
「知り合いに頼まれたのはいいんだが、土地の広さも、どんな家をたてたいんだか、ビルなのかもわからないんだ。とりあえず、会って話をしてくれって言うもんだからな・・それでだ」
「なるほど」
けっこう、叔父もしっかりと仕事をしてるもんだって、思っていた。
車は、梅が丘のほうに向かって住宅街を走っていた。運転手さんが、慣れたハンドルさばきで、抜け道を走ってるって感じだった。10分ほど走ると、叔父が、
「おっ、着いたな」
って言うと、車は駐車場に入っていた。和食には違わなかったけれど、そこは寿司屋だった。何回か、叔父とも食べに来たことがあった寿司屋だった。

寿司屋の白い暖簾をわけて中にはいると、叔父は寿司屋の大将に、「元気かぁー」って言いながら、迎えてくれた女将さんが案内する間もなく、奥の座敷に向かって歩いていた。俺が、あわてて、女将さんに「おじゃまします」って頭を下げていた。
後ろからついてきていた運転手さんは、カウンターに座って食事をするようだった。
「昨日は どうだったんだ」
座敷にあがると、女将さんがあわてて持ってきたお茶を飲みながら、いきなり本題って感じで、身を乗り出した叔父に聞かれていた。
「弓子ちゃんが、直美に相談って電話かけてきて、直美が弓子ちゃんを俺の所に連れてきたから、食事して、家に泊めて話しを3人できちんとしたけど・・」
「そりゃ、わかってるんだって・・なにか悩んでるんだろ、何なんだ」
早く、もっと説明しろよって感じだった。
「この前、純子ちゃんて来たでしょ?その子がかわいそうだから・・悩んでるって・・」
「やっぱりか・・・」
「うん、まぁー 想像通りだったけどね。でも、きちんと言ったから、弓子ちゃんは納得したとおもうよ。土曜日には予定通りに引越ししてくるって約束してくれたから、大丈夫だと思うけど」
言いながらも、78%は大丈夫って思っていたけど、100%の自信はなかった。
「そうか、引っ越してくるって言ったか・・」
俺の言葉で、少し、ほっとしたらしく、前かがみだった叔父がゆったりと座りなおしていた。
「でも、きちんと、あの純子ちゃんの事も考えてあげたら・・」
「きちんと・・って、どうすりゃいいんだ」
「そうだなぁー どうすりゃいいんだろうね、叔父さん・・」
俺も、正直いってそんなことはわからなかった。
「そうだなぁー ってお前・・なんか知恵かせよ」
「貸せって言われてもねぇー」
お茶を口にしながら、俺の目はたぶん、宙を舞っているはずだった。具体的には、天井と壁の境目なんかを、あっちこっちにだった。
「うーん、うちのも、俺もなんだか、昨日は心配でよく寝れなかったんだ」
叔母さんは、そうかもしれなかったけど、叔父もかよって面白かった。まぁー でも、仕方ないかって思えていた。
「まぁ、弓子ちゃんと、3人でよーく話してみたらいいんじゃないかなぁー いろいろ、お互いに話さないで考えるより、全員できっちり話せばいいことだと思うけど・・昨日の夜にけっこう弓子ちゃんと話したけど、しっかりしてたし、頭いいみたいだよ、あの子」
苦労もしてきたんだろうし、大人との付き合い方も、大人の世界もきちんと経験してきたって感想だった。
「そうか、きちんとか・・」
「うん、大人の話できるから、腹をわって・・って事かな」
「そうか、知らない間に、お前に相談するようになったか・・俺も・・」
「なに、言ってんの」
ちょと、笑いながらだった。叔父もそれで、笑っていた。
ちょうど、そこで、女将さんが声をかけながら襖を開けて、料理が運ばれてきた。おいしそうな寿司と、小鉢が2つと、鯛のお椀だった。
「さぁ、食え」
「いただきます」
俺に話して、少しは楽になったのか、叔父はおいしそうに箸を動かしていた。
「あっ、あのな、今の話を帰りに家に寄って話してくれないか?うちのに・・」
「えっ・・」
「たぶん、直美さんに電話して、夜に家に来るようにお願いしてるんじゃないかな・・今頃・・」
「まったく・・・叔父さんが家に帰って話せばいいじゃないですか?」
ほんとに、まったくだった。
「今日は、夜は接待が入ってるんだよ」
「接待ねぇー」
「仕事なんだよ、それも・・・」
「まぁねー」
確かにそうだろうとは、思っていた。
「たのむわ」
「頼むわって簡単にいうけど・・直美だって、いろいろあるんだから・・」
「まぁー そう言うな」
「あのね、叔父さん、俺はいいけどって言ってるの。わかってね」
「わかった、わかった、穴埋めはするから・・」
「俺にじゃなく、直美にね、そこ、よろしくです」
「うん、わかった」
でかい声でだった。

それから、最後に出された茶碗蒸しまで食べる終わると、叔父は運転手さんに呼ばれて、あわてて、店から成城に向かっていた。
無造作にお金を渡されて、俺にはタクシーで買えるように言いながらだった。
俺の左手には5千円札で、右手には、きちんと叔父が用意した袋に入った小さな報奨金が4つだった。
左手の5千円札はがさつな叔父の顔で、右手の包みは、叔父のもうひとつの繊細な顔だった。

作品名:夏風吹いて秋風の晴れ 作家名:森脇劉生