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南 総太郎
南 総太郎
novelistID. 32770
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『偽りの南十字星』 3

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『偽りの南十字星』3

1930年
台湾台中州能高郡霧社

東の空は幾分明るみを帯び始めているが、上方の暗い空にはまだ星が瞬いている。
しかし、山間に佇む、この小さな集落は既に眠りから目覚め、各家の軒先から朝餉
の支度の煙が立ち上っている。
静かな中にも今日の活動が始まっていた。

何処からか漂ってくる甘酸っぱい香りは、特産物である桃の花の香りだろうか。
霧社の名の通り朝霧に包まれた傾斜地の集落一帯に桃畑が広がっている。
中国の神仙譚に出てくる桃源郷を彷彿とさせるような風景である。

突如一発の砲声が静寂を破り村人を驚かせた。
それを合図のように次々と砲声が鳴り響く。
日本軍台湾守備隊1,200名の山砲から撃ち出される75ミリの砲弾が放物線を描いて
空から集落の家々を砲撃し始めた。ついで、機関銃による掃射、更には飛行機2機も
動員された。

後に霧社事件と呼ばれる、種々の不満を理由に蜂起した原住民に対する掃討作戦
である。蜂起の最初の犠牲者は巡査だった。

事件の数日後、乳飲み子を抱えて台中の街をさ迷う若い母親がいた。
物乞いをする様子もなく、只さ迷い歩く姿に同情の目が集まり出した。
遂に、或る街角で世話好きな老婆が声を掛ける。

「お前さん、さっきから誰かを捜しているのかえ?」
「はい、夫を捜しているのです」
「旦那を、そりゃまた、どうして。一緒に来て逸(はぐ)れたのかえ?」
「いえ、数日前に失踪して」
「失踪?」
「死んだのかも知れませんが。もしかして、台中にでも出て来ているのではないかと」
「死んだか、失踪したかって、何でまた。お前さんのような可愛い奥さんがいながら?」
「・・・・・・」
「兎も角、ウチに来て一休みしなさい。疲れたでしょうに」
「有難う御座います」

当時、台湾総督府は理蕃政策の一環として駐在所の巡査と現地人の有力者の娘との
婚姻を奨励していた。ただ、結婚後逃げ出した巡査が何人かいると言う。

台中で働き始めたホラ・ハメスは縁あって、陳聡民と再婚し,名を陳梅麗と変えた。
当時18歳、台中に出て来て一年後のことである。
一人息子の英明の名は夫の藤堂英吾が名づけたものである。

                                               
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