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今宵も天使の唄声が降り注ぐ

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窓際の天使は今夜も美しい金髪を月明かりに照らしながらそこに佇んでいる。

彼は暗闇に落ちた私の部屋に毎夜のようにやってきて、私が眠りに就くまでのあいだ、一人でぶつぶつと何かを言っている。
それは他の天使の愚痴だったり、彼のお気に入りの詩の一節だったり。
ときには私の私生活についても口出ししてくるから、鬱陶しく感じることもあるけれど、いつのまにか日常に滑り込んできた天使は今ではすっかり私の大事な友人になった。

彼は背中の羽根を器用に折り曲げて、窓枠に寄り掛かりながら星空を見上げている。
外は今にも雪が降りそうなくらいに冷え込んでいるらしく、彼が呼吸をするたびに窓ガラスが白く白く曇った。
私たちを包むストーブの温かさがとてもやさしい。

「ねえ、前から気になってたんだけど」
「なに?」
「そこにあるギター、弾かないの?」

茶色の大きな瞳を瞬かせながら天使が言う。男の子にしては少し高めの透き通った声だ。
彼の目線の先にはスタンドに立てられた一本のアコースティックギターがあった。
月の光が当たって6弦が微かに煌めいている。

「もうずっと弾いてない。難しくてちっとも上手く弾けないの」

歌が好きで、弦の音が好きで、思いきって買った初めてのギターだった。
けれどいざ練習してみるとなかなか難しく、簡単なコードを掻き鳴らすくらいが精一杯で、思い描いていた音楽を奏でることは出来なかった。
いつしかぱたりと練習することもなくなり、スタンドに立てかけたまま、部屋の一部になってしまっている。

「ギターの音は好きなの。他の人が弾く音楽はすごく格好良くて羨ましい。でも私が弾くとなんか格好悪い音しか出なくて、それでちょっと幻滅しちゃった。すごく悲しかったな」

私は苦笑いを浮かべて埃を被ったギターを眺めた。
すると天使はゆっくりと立ち上がり、テーブルの上に置いてあった柔らかな布でギターを丁寧に拭き出した。

「なにしてるの?」
「まだ音が出るか確かめてみようと思ってね」

薄っすら積もった埃を拭き取り、ベッドに腰掛けた天使は、1弦ずつ音を生き返らせるように調弦を始める。
第1弦のE。久しぶりに聞くやさしい音。

「ねえ、ギター弾けるの?」
「天使はなんでもできるんだよ」
「……ふうん、言ったね」

だけどギターを爪弾く彼の姿を見ていると、どうしてか、心が落ち着いていく気がする。
まるで何年も前から使っていたみたいに、そのギターは彼に馴染んでいた。
そして天使の指先が、そっと6弦に触れて、メロディーを奏でる。
それは今まで聞いたこともない、けれど私が一番心から聞きたかった穏やかな曲だった。

「すごく綺麗な曲」
「今出来た曲だよ」
「本当に?すごいね」
「……というか、きみが弾きたいって思ってた音色を弾いただけ」

え?と私が怪訝な顔をすると、天使はにっと嬉しそうに笑って私にギターを手渡した。

「次はきみの番」
「私は無理。弾けるわけないよ」
「ぼくももう弾けない。きみの曲だから」
「私の曲?」
「そう。もうあのメロディーはきみにしか弾けない」

彼の声はきっぱりと諦めているようだったけれど、どこか凛と明るかった。
私は試しにギターを鳴らしてみる。控えめに奏でる単純なコード。
私に弾けるコードなんて限られていて、他の人みたいに格好良いアレンジが出来るわけでもない。
とてもじゃないけどさっきみたいな音色が弾けるとは思えなかった。

「別に上手に弾こうとしなくたっていいんだ」
天使はもう窓際に戻って、再び白い頬に月光を受けている。

「きみは、きみが今弾けるもので、きみの演奏したい音楽をやればいいよ」
「私が今、弾けるもので?」
「そうだよ。上手く弾けなくたって焦ることない。それが今のきみで、これからいくらでも変えられるんだから」

私はコードを掻き鳴らす。
単純でつまらないものだと思っていたこの音楽が、本当は私にしか奏でられない音楽だったのかもしれない。
と、思ったらほんの少しだけ、指先から零れ出す音色が愛おしく感じてきた。

「今出来ることをやればいいんだ。そしたらいつか、本当に弾きたかった音楽を弾ける日がくるかもしれないよ」

つまりさっきの曲をね、と、天使は言った。
私はその言葉に素直に頷く。

いつだって私には、私にしか出来ないことがある。今はどうようしようもなく無力で、なんの役にも立たないガラクタしか持ち合わせていないかもしれない。だけどそれが私のすべてだとしたら、ただ嘆くのではなく、ちゃんと受け止めてあげよう。ガラクタに命を吹き込むように精一杯もがいてみればいい。
出来る限りのことを、表現できるもの全部を、私は今にぶつけていくしかないのだ。

「私探してみようと思う。さっきの曲に辿り着けるように」
「がんばって」



その夜から私はもう一度ギターを弾き始めることにした。
月明かりのもと、天使が導いてくれた場所を夢見て、私は私にしか弾けない6弦を鳴らす。
心地良い音の振動。
天使はときどき透明な声で私のギターに詩をのせてくれた。日本語でも英語でもない、私の知らない天使の言葉で、彼は唄う。とてもとても美しいビブラートで唄う。

もし私があの曲を弾けるようになったら、そのときは隣で私を見守ってくれる天使に捧げたかった。
多分私は、あの思い描くメロディーを奏でるために今を一生懸命頑張っているのではないと思う。
それよりももっと深い場所にある、心の底から求めている幸せ。

「私が一番求めている幸せってなんだろう?」





  [ 今 宵 も 天 使 の 唄 声 が 降 り 注 ぐ ]





(きっと大好きなあの人に、認めてもらうことなんだと思う
彼に「がんばったね」と笑ってもらいたい、愛されたい
それがいつしか私の夢になっていた気がする)