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Still Dreaming

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立ち尽くすことしか出来なかったのは少年の心が幼すぎたからだ。幼い心には何もわからなくて、泣くことすら忘れてしまうような深い脱力と絶望感。あんな思いはもう二度としたくない…。


十八歳になった雅巳はコートに転がったバスケットボールを拾う。あれから八年が経って高校三年生になり、雅巳は強豪だと知られる高校のバスケ部の頂点に立っている。
絵里が死んだ後も雅巳はバスケを続けた。理由なんて構わず漠然とバスケットボールを追い続ける日々。そうしてつかんだ夢への一歩。プロになるために自分は誰よりも強くなった。

強さも夢も地位も雅巳は持っている。欲しいものは全て与えられたから。
ただ一つ、彼が心から望むもの。それだけは手に入らなかったけれど…。

思い出しすぎだ、と、雅巳は昔のことに捕われている自分に自嘲して手に持ったボールに力を込めた。今は部活中。自分は部長としてしっかりしなければならない。死んだ幼馴染みのことなどもう消してしまおう…。

「おい、安西」

向かいのコートでシュートの練習をしていた安西に雅巳は声をかける。

「なんだよ、瀬戸?」
「1 on 1やるぞ」

そう言って雅巳は不敵に笑った。



●○●



その夜、また夢を見た。

「俺は将来、バスケ選手になるんだ!」
「ほんとに?」

何度も繰り返される光景だった。もううんざりだ早く夢が終わればいい、と、雅巳は思う。自分は一体、この夢にいつまでうなされなきゃいけないのだろう。
それでもなぜだか、夢の中の彼女の笑顔をいつまでも見ていたい。そう願ってしまう自分がいた。

(本気で好きだった)

絵里がいなくなった今なんのために戦うのかなんてわからないけれど、でもあの笑顔を見るためにいつだって強さを求めていた。強くなれば絵里は笑ってくれたから。死んでしまった今だってまだそんな錯覚を覚えたまま、強さばかり追いかけている。強すぎる力を持って、それでも強くなりたい、と願う。

「雅巳」

凛と響く優しい声が聞こえて綺麗な手が差し出される。もうすぐ夢が終わるという合図だ。この声が幼い頃の絵里の声じゃないことも、雅巳はなんとなくわかっていた。この声は十八歳になった絵里の声だ。


―――雅巳。


本当はずっと夢を見ていたかった。絵里に夢の中では会えるから。何も持っていないけれど、何も持たずに夢を見てるけれど、せめて夢の中では会いたくて。
守りきれなかった絵里の手を掴もうと手を伸ばす。でもいつだって、どうしても掴めなかった。掴めずに夢は終わる。今日もそうだと思った。

けれど。


「愛してるよ、雅巳」


雅巳ははっとした。伸ばした自分の手が絵里の細い手首に触れる。
夢には、続きがあった。

「絵里…」
「雅巳」

繋がった手の先にいるのは十八歳の絵里だった。十八歳になった絵里なんて見たこともないはずなのに、それが絵里だと雅巳は一目でわかる。

「やっと、届いたな」

自分でもおかしいくらいに安心した声で雅巳は言う。そう言うと絵里は可笑しそうに笑って。

「愛してる」

もう一度、彼女は言った。

何言ってんだよ、と雅巳は得意の嘲笑を浮かべる。口の端を上げる笑い方は小さなときからの癖で、絵里はその笑いを嫌っていた。

「なによ、その笑いは」

やっぱり文句を言って口を尖らせる絵里。幼い頃とちっとも変わらない手の温もり。なにも、変わらない。

「雅巳、あのね」
「なんだよ」
「…もう、お別れ、なの」
「……」
「ねぇ、最後になんて言えばいいのかなぁ」

お別れ、が指す意味。それは死なのか、それとも夢に出てくることはもうないということなのか…。
死別ならとっくの昔に経験していた。それならばきっと、彼女の言う「別れ」は―――…

「もう、会えないのかよ?」

夢の中で。
夢の中だけでしか、会えないのに?

「ねぇ…なんて、言えばいい?」

まるで八年前に見たあのときの大きな瞳を向けるように絵里は尋ねる。お別れの言葉を絵里は知らないから。

「…そんなの、わかんねぇよ」

さよなら、とか、聞きたくない。

「雅巳」
「……」
「まさみ」
「…愛してる」

絵里の震える指を雅巳はぎゅっと強く握った。

「愛してる。お前を」

何のために戦っているのかさえわからなくなった。絵里は死んでしまったから。それでも強さを求め続けたのは、絵里が戻ってきてくれるような気がしていたからだ。

「私も」

ほら、戻ってきてくれただろ?
またお別れだけど。

「ずっと、ずっと、傍にいるよ」

愛してるよ、まさみ。



●○●



目が覚めたとき雅巳の頬には一筋に涙が伝わっていて。もう一度瞳を閉じたけれど、やっぱり夢には戻れなかった。
きっともう夢の中で会うことはない、恋人。

「それなら…」

それなら夢から醒めなければ良かった。ずっとずっと一緒にいたかった。
まだ夢を見させて。願ってもきっと、絵里は出てこないんだろう。

だけど、さよならなんて言わない。
愛してると一言だけ、言わせてほしい。

もう二度と会うことはない、夢の中の恋人へ―――…
作品名:Still Dreaming 作家名:YOZAKURA NAO