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てっしゅう
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「夢の続き」 第四章 真一郎の死

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朝食を済ませて、午前中は美枝が貴史たちを安曇野に案内すると言ってくれた。この年8月に長野自動車道は豊科まで開通していた。岡谷ジャンクションから高速で向かえば30分ぐらいで安曇野に行ける便利さになっていた。

「美枝さん、安曇野って何が有名なんですか?」
「そうね、わさびと温泉かしら」
「わさび?」
「大王わさび園というところがあって、有名なわさびソフトクリームが頂けるのよ」
「それって、つんとこないの?」
「きたら、誰も食べないわよ」
「安心した」
「それと穂高温泉郷ね。お昼ごはんを兼ねて入浴して行きましょう」
「みんなで入れるのですか?」
「ええ?入りたいの」
「あれ?変なこと言いました?」
「貴史さんはお母さんと一緒にお風呂に入っているの?」
「まさか!父に叱られます」
「面白い返事ね、ハハハ・・・なるほど」
「冗談です。すみません」
「いいのよ、楽しくて。久しぶりに笑ったわ。洋子さんも楽しまれているのね、貴史さんとても面白い方だから」
「いいえ、冗談なのか本気なのか解らない事が多いので困ります」
「そうなの。いいじゃない、堅苦しい人より。そうね、思い切って貸切露天風呂を探して入りましょうか?」
「三人でですか?」
「貴史さんのご希望でしょうから」
「いいね、そうしましょう。なあ、洋子もいいだろう?」

黙っていた洋子に、「どうしたんだ?恥ずかしいのか」そう念を押した。
美枝は洋子の気持ちがちょっと解るような気がした。
「貴史さん、別々に入りましょう。その方がゆっくり出来るしね」

車は豊科インターを降りて国道に出て直ぐに大王わさび園に着いた。

「おいしい!このソフト最高!なあ、洋子」
「うん、美味しいね。滑らかで、ちょっとそういえばわさびの香りがするけど気にならないから」
わさび田を見学して、車はアルプスの麓、穂高温泉郷に向かった。強い日差しも感じられるが明らかに吹く風は気持ちよく、緑の薫りを強く感じさせてくれていた。村営の温泉に車をつけて、三人は食事の前に入浴した。

「11月ぐらいに来るとこの先にある、くるま屋さんというお蕎麦屋さんで美味しい新そばが頂けるのよ。他のところでは食べれない美味しさなの。機会があったら訪ねるといいわよ」
美枝はそう二人に案内した。
「そうですか、そばか。一度本物のそばを食べてみたいなあ」貴史はそう思った。
「次の機会に連れて行ってよ。素敵な温泉のようだからここに泊まればいいし」洋子がそう答えると、
「あら、洋子さん。積極的なのね。なんだか羨ましい」そう美枝は洋子の顔を見て言った。

貴史は美枝のことがちょっと気になったので尋ねてみた。

「美枝さんは、ずっと一人なんですか?」
「そうね、何年になるかしら、夫と死別して。麻里が生まれて直ぐだったから・・・25年ぐらい経つのかしら」
「病気でしたか?」
「ええ、癌だったの」
「今なら治せたのかも知れないですね」
「そうね、みんなにそう言われる。あなたのおじいさんも今なら何てこともない怪我だったのにね。残念ね」
「おじいさんのこと覚えているのですか?」
「ええ、13歳だったからね。よく覚えていますよ」
「聞かせていただいてもいいですか?何か覚えていること」
「おばあちゃんの千鶴子さんが、真一郎さんの容態が悪くなったとき近くのお宮さんでお祈りされていたことが一番記憶に残っているわ。必死だったんでしょうね」
「初めて聞きます・・・」
「私も母の佳代も一緒にお祈りさせていただきましたよ。願いは通じなかったけど、最後は千鶴子さんの手をしっかりと握って亡くなったから、幸せだったと思っています」

昭和20年7月26日、アメリカ、中華民国、イギリスの三国はポツダム会談からの合意に基づいて、日本政府に向けて「無条件降伏」を求めた13か条を宣言した。

8月に入ると真一郎の容態は急速に悪くなってきた。もう布団から起き上がることが出来なくなっていた。熱にうなされて流れ出る汗をこまめにふき取ってあげながら、千鶴子はただ祈るしかなかった。食べ物も喉に通らなくなってきた様子に佳代が心配して、
「あなたが倒れたら真一郎さんはどうするのよ!食べるものは食べて元気をつけないとダメよ」そう励ましていた。

沖縄で最後の戦いを続けていた信夫と残された兵士の妻や子供たちは、絶望の淵に立たされていた。動けなくなっていた信夫に一人の女性が近づいてきて尋ねた。
「大山さん、もうここまでです。私たちは自決して父と母の元に行きます。許してください・・・あなたを置き去りにしなければならないことを」
「いいんだ、気にするな。それより死んではいけない。生きて亡くなった人達の英霊を祈ってあげないといけない。こんな場所で全員がのたれ死んでゆくことはこの戦争が望んだ事ではない。代表者が白旗をかざして投降しなさい。決して乱暴なことはされないから。もう、戦争は終わるだろう。自分を大切にしなさい」
そう言って、信夫は息を引き取った。身に着けていた家族の写真とお守りをそっと取り出して自分の懐に仕舞い、女性はアメリカ軍に投降した。

もはや死は時間の問題となっていた真一郎の元へ郵便が届けられた。千鶴子宛のもので東京から転送されてきた。
「お父様からね。どうされたのかしら」佳代は手紙を渡す時にそう言った。
「心配ですわ・・・」千鶴子は封を切って中を開けて見た。それは兄信夫の戦死通知と遺品の写真とお守りだった。
「千鶴子さん、気を確かになさって!今は耐えるしかないのよ。私にすがって泣きなさい・・・あなたの悲しみは私の悲しみでもあるから」

声を上げて千鶴子は佳代の腕の中で泣いた。傍にいた美枝も泣いていた。その声が聞こえるかのように真一郎の身体が反応した。
「あなた!気が付いたのね!あなた!」
「千・鶴・子・・・俺は・・・ま・ち・がって・・・いた。すまない・・・」
「何が間違っていたの?あなたは正しい事をしたのよ。あなた!あなた・・・」
千鶴子の呼びかけにもただ手を握るだけの反応になっていた。昭和20年8月15日まで後数分と言う時間に真一郎は兄信夫の後を追うように息を引き取った。


真一郎は夢を見ていた。子供の頃信夫とよく遊び行った荒川の土手で石投げをやっていた自分がいた。

「信夫!今度は二回ジャンプだ。見てろよ」
そう言って、薄い石片を横手に低い角度で川に投げ込んだ。一度水面をジャンプして、着水してからもう一度ジャンプした。

「やったなあ!真一郎!じゃあ、俺は三回だ。やってやるから見てろよ」
信夫はなるべく薄くなっている石を拾って、身体を折るように低い位置から投げた。一度、二度、そして三度目もジャンプした。

「出来た!すごいぞ」何度もその場でジャンプして喜びを表していた。次の瞬間、足を滑らせて信夫は川に落ちた。
「信夫!信夫!大丈夫か」
真一郎の問いかけにも応じることなく身体が流されてゆく。今まで流れもなかった川はいつしか大河になっていて、信夫の身体をあっという間に下流へと流していった。真一郎は土手を全速力で走って流されている信夫を追いかけていた。

「真一郎!もういい、お前は家に帰れ!一緒に遊んでくれてありがとう。あの世でまた仲良くしよう」