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はぎたにはぎや
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柊生さんとぼく

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僕と母である神津蒼は十年近く前に突然この神津御殿にやってきた居候の身である。結婚する以前にここで暮らしていた母親はともかく、僕は完全な新参者であるわけで。部屋割り当ての調和を崩すことができなかった伯父は―――あるいは母があの状態になってしまい、僕を通して父のことを恨んでいる伯父であるから意図的に僕を遠ざけるつもりだったのか―――僕に離れの二階の一部屋を用意してくれた。
六畳ほどの畳敷きの和室だが、外国暮らしの多い僕に配慮してか無理矢理ベッドと勉強机、クローゼットやら本棚を据え付けた奇妙な部屋になってしまった。僕はむこうとこっちを行ったりきたりしているから、どちらの生活様式でも構わないだが……今更そんなこと居候がいえるはずがない。
そんな奇妙な空間にいて、少なからず居心地の良さを覚える自分も正直なところどうかと思うが。住めば都という言葉は本当らしい。否、むしろ僕は住んだところに都を築くのが人間なんだと思う。自然を捻じ曲げてあたかも初めから自分の住みやすい空間だったように変える、そういうエゴイスティックなところが。
夕飯を済ませ、一番最後にお風呂に入ってから、ずっと今日の授業の復習と明日の授業の予習に勤しんでいたが、ふと手を止めて机の上の置時計に目をやると時刻は良い子が起きていたら完全に怒られる時間だった。そろそろ日付が変わる。
持っていたシャープペンシルを投げ出して、僕は椅子を引き座ったままうんと背伸びをする。
娯楽らしい娯楽のない奇妙な部屋。なんとなく手持ち無沙汰になって、机の引き出しをあけた。
引き出しの中にはマッチと煙草が入っている。
僕のものではない。僕の困った従兄のものである。なんでも手元に持っていて、母親―――翠叔母さんのことだ―――に見つかると面倒だから、僕とディート以外の人間が立ち入ることのない僕の部屋に隠させろ、とのこと。当然一度は断ったが、お前もたまになら吸っていいから、と無理に押し切られて今に至る。まったくもって駄目な親戚の見本だ。しかしその誘いを断りきれず、たまに一二本拝借している僕も僕である。
引き出しの中の煙草の箱を手に取り一本ひねり出すと、中身は空になってしまった。どうやら最後の一本らしい。最後の一本なら遠慮しようか、という考えがよぎるが、手持ち無沙汰が僕にニコチンを寄越せと囁いたのでそれに従うことにする。
なれた手つきで火をつけて、軽く吸い込んで吐き出した。それから煙草の臭いを消すのと灰を落とすために、僕は咥え煙草のまま椅子を引っ張りふらふらと窓辺に寄った。
窓を開けるやいなや冷たい夜風が僕の頬を撫でる。煙草の小さな明かりが月に負けじとより赤く燃えた。可哀想なくらい健気な火。どんなに赤く燃えたって、ちっぽけな煙草の火が大きな青白い月に勝てるはずがないのに。
吸い込んだ煙を夜空に吐き出し、引っ張ってきた椅子に腰掛けて窓のふちに顎を乗せた。
窓の下には綺麗に整備された小さな日本庭園が広がり、小さな竹薮が垣根の代わりを果たしている。その向こうは細い道だ。車も通れないような細い道で、この道を使う人をあまりみたことがない。
肺に紫煙をめいっぱい吸い込む。内臓が蝕まれていく気がした。じわじわと、こうして僕は着実に死に近づいている。
ふと、すでに死を通過した四人の女の子たちのことを思った。
戻らない体の一部。蹂躙された屍。
大人にならずに死んでいった彼女たち。
死に抱かれる瞬間はどんなものなのだろう。甘いのか苦いのか、冷たいのか熱いのか、痛いのか心地よいのか。
世界で唯一公平なものがあるとするなら、それは死だ。生きるものには余さず訪れ、その人がどんな悪人だろうと善人だろうと、美しかろうと醜かろうと、すべての意味ある生を公平に無にする。
脳裏を僕の目の前で死んだある人の姿がよぎったが、淡雪のようにすぐ消えた。
そういえばあの人も、大人になる前に死んだのだっけ。
あの人も彼女たちも子供のまま終ってしまった。僕はこうして生きている。いずれもっと背が高くなって、気づけば僕は大人になるのだろう。大人に。叔母や伯父や母や、父と同じ大人に。
煙を竹薮の向こうの道へ向けて吐き出す。
苦い。苦いと思える僕は、生きている。
「……え?」
思わず口が開いて声が漏れた。咥えていた煙草を落としかけ慌てて手で押さえる。
僕が吐き出した煙の中を、見覚えのある影が歩いていくのだ。
一瞬見間違いかと思ったが、あそこまで髪の長い華奢なシルエットはそうそういないだろう。
「あれ……柊生さん、だよな…?」
竹薮の向こうの、細い道を柊生令が歩いていく。
彼女は当然のようにまっすぐ前だけを向いて、こちらには気づかない。昼間と同じ能面のような無表情。なんとなく呼ぶのが憚られた。件の拒絶オーラではない。昼間とはなんだか違う雰囲気を纏っていたから。
僕が混乱しているうちに、彼女は早くも遅くもない足取りで目の前を通過して、曲がり角の向こうに消えてしまった。
こんな時間になんで出歩いてるんだ。昼間僕が気をつけてと言ったばかりなのに、襲ってくださいとでもいわんばかりじゃないか。
気づけば僕は立ち上がって、窓から身を乗り出していた。しかしもうどんなに身を乗り出しても彼女の姿は見えない。
ちょうどその時、部屋の障子が無遠慮に開いた。
「恭介ぇ、煙草ちょーだい」
能天気な声に僕は慌てて窓から身を戻した。入り口で仁王立ちしていた声の主が怪訝そうな顔をする。
「……なにしてんの?自殺?」
「ち、違いますっ」
彼はふーん、と大して興味なさそうな相槌を打って、僕の許可なくずんずんと部屋に侵入してきた染髪しすぎて頭髪の色がまだらな青年―――神津織也という、神津家の頭痛の種である従兄だ。
従兄はやはり無許可で僕の引き出しを開けて、お目当てのものを物色する。
「あれっ、もうないじゃん!え、何、君が今吸ってるのが最後?」
「ああ……ええ…そうみたいですけど」
黙ってさえいれば母親似の眉目秀麗さが際立つ顔を盛大にしかめた。続く言葉はなんとなく予想できる。
「ちょっと買ってきてよ」
「今日はもう晩いので……明日買ってきますよ」
「自販機あるでしょ。いいから買ってきなよ」
「いや、でも夜出歩くのは危ないですし」
「誰がお前みたいな野郎を襲ってバラバラにして喜ぶのかな?それに別にお前が死んでも誰も困らないしね」
いいからさっさと行け、と切れ長の涼しげな瞳が隠しもせず主張していた。
神津家で包み隠さず僕を嫌悪する態度を見せるのはこの人だけなんだよな……。伯父もきっと同じくらい、ひょっとしたら織也さん以上に僕を嫌っているだろうけど、大人だから顔には出さないし。
「それともお前、男のくせに怖いの?」
にやぁ、と心底楽しそうに顔をゆがめられた。買いにいくまでこのネタでいじってやると顔にはっきりでかでかと書かれている。
こいつほんとにあの翠叔母さんの息子なのか?半分とはいえDNAを受け継いでいるようには見えない。むしろ本当は茜叔母さんの息子なんじゃないか。そういわれたほうが納得できる。
僕はまだ長い煙草を窓の桟に押し付けて消し、ため息をついた。
「買いに行きますよ…」
「馬鹿なやつ。最初から素直にそう言えよ」
どっちが馬鹿だ、どっちが。
「あの、お金は」
作品名:柊生さんとぼく 作家名:はぎたにはぎや