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Twinkle Tremble Tinseltown 2

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Tamed Stallion




 白い肌はまるで雪のよう、擽る栗色の髪も豊かにうねっている。貞淑な美貌は勿論、その下にくっついている肢体も適正な食生活と日々の満足感によって柔らかに輝いていた。極め付けにぴったりと身体に張り付いた若葉色の絹が、身じろぎにつれさざめき煌く。女神だ、と本気で思った。だがどれだけの幸福の持ち主にも時間は対等に刻まれ、タクシーがくる時間は刻一刻と迫っている。セットした髪を片手で押さえながら懸命にドレスを引き下ろす姿は、普段ならば十分愛しさを覚えることができるだろう。だが今では、美点と背中合わせになった欠点は逸る心をやみくもに急き立てるばかりだった。焦りが欲情を凌駕した瞬間、ソロはブランチの足元に跪いていた。
「不器用だな」
 乳房の下でたぐれた布地を引っ張る。無造作な手つきと揶揄の言葉には慣れていたはずのブランチも、今回ばかりはむっと唇を引き締める。
「あんまり強く引っ張らないで。これを着て行かないと、おじいさまが悲しむわ」
「はいよ」
 こんなにもタイトなドレスなのに、お行儀の良い彼女は下着を身につけていた。一般的なデザイン、裾の部分に繊細なレースがあしらわれている。よれてもいないし鼻を近づけても洗濯しすぎた布特有の清潔で酸っぱい匂いはしなかった。薄く柔らかい陰毛が透けて見える。脱いじまえよ、と言ってしまいたかったが、さすがにこれ以上の状況悪化を煽る気にはなれない。鼻先の布一枚隔てた場所にある股間へ目もくれず、ソロは滑稽なくらい慎重な手つきでシルクを下ろしていった。
「爺さんはあのミルトン・イーリング・カンパニーの会長、自分は絵本のコーディネーターで、料理は最高で可愛くて頭も良くて性格もいいのに、どうしてこんなことが出来ない?」
「私は嫌だって言ったのに」
 聡明な内面とは裏腹のぼんやりした表情でブランチは呟く。
「こんな服、恥ずかしい」
「似合ってるのに」
 本心からの言葉を真上の胸に捧げる。勿論笑顔も惜しむことは無い。
「ミスター・ミルトンは嫌いだが、彼のセンスに関しては全面的に賛成だ。こんな素晴らしい孫を作り出してくれたことも感謝してる」
「駄目、駄目よ。今日は悪口はなし」
 短い黒髪の上に、ギリシャ彫刻よりもずっと繊細な指が降りてくる。
「余計緊張するじゃない」
「忍ぶ愛の辛いところだよな」
 含み笑いと共に、遠慮がちな手へ自ら頭を押し付ける。4年の付き合いを経て、箱入り娘はようやくぎこちない愛撫の手法を身につけ始めていた。それでも残る初心さは、恐らく一生消えないのではなかろうか。犬でも褒めるような手つきに浮かぶのは苦笑いだが、心はじんわりと温かさを帯びていった。


 広いコンドミニアムの中は音楽の一つも無く、通りの喧騒とも無縁だった。聞こえるとすれば二人の息遣いくらいで、それにしたって自らが息を止めてしまえば、ブランチの穏やかな吐息などあっという間に静寂へ呑まれてしまうだろう。実際ソロは息を詰め、慎み深い腰骨の出っ張りに取り組んでいた。皺一つ作らないという決意のもと、そっと指で布地を摘まみ、引っかけたり爪を立てないよう用心深く滑らせて行く。皇かなシルクは確かに極上の手触りだが、この下に隠されているしっとりとした肌の方がよっぽど欲情を煽ることは間違いなかった。擦れ合う柔らかさが指の腹を伝って口の中を乾燥させる。くびれた腰から掌を這わせ、悪戯に親指で臍の辺りを撫でてやれば、呻き声と共に髪の毛へ圧力が掛かった。
「時間が無い……」
「まだ15分あるさ」
「でも一回脱いで、また着るなんて絶対無理よ」
 珍しい艶を含んだ冗談も、促すために嫌々口にしたものだろう。見上げた瞼は緩く閉じられ、眉根も微かに寄っている。こんな角度からこんな表情。彼女が下着を身につけているという事実に違和感を覚えてしまうほどだった。はっきり言って、ソロは最近ご無沙汰である。ブランチの部屋を訪れたのも一ヵ月半ぶりで、よく発狂しなかったものだと自分でも驚くほどだった。敏腕で鳴らすだけあり、この街の検事はなかなか尻尾を出さない。ゴミ袋の中身は豪華な残飯とマジックで塗りつぶした挙句修復不能なほど切り刻まれた明細書。安い赤外線カメラも遮光カーテンには歯が立たない。業を煮やして退出時に突撃をかましたら壁のような運転手に追い返された。対抗心と好奇心をくべて火力を保っていられたのも三週間まで。結局、ヘッドラインは普段通りの大きさで印刷された。『白い検事、黒い噂、真っ赤な嘘!』少なくとも志だけは高かったと、いつもどおり自らの傷心を慰める。それだけでは虚しくなるばかりだったので、結局ここに足を運んでいた。よりにもよって、来ないでくれと二ヶ月も前から忠告されていた日に。連絡の一つも入れなかったことも、確信犯であることも全て見抜いた上で、ブランチは悲しげに眼を伏せた。だが追い返すような真似はしなかった。ショーツ以外に唯一身につけたものであるパンプスに落ちたヘーゼルグリーンの瞳はいつにも増してけぶりを増している。外出48分前に服を身につけていないなど、全てを律することで自我を保っている彼女にとって許されざるべき出来事だった。


 駄目押しをするように畳み掛けるお人よし具合は、介助を受け取っている今も端麗な面差しに憂いを滲ませていた。
「よし、後ろ向いた向いた」
 考え事でもしていたらしい。腰を掴んで半回転させれば驚いたような表情を浮かべるが、結局なすすべも無くその形良い尻を男の前へ突きつける形になった。
「な。こんな時に親愛なる隣人がいてよかっただろ?」
「ええ、ごめんなさい」
 俯いたときに現れた項に鬱血痕でも残したら、スキャンダルの製造と暴露を一人で行う羽目になる。尻なら見えないから、ちょっと位歯型をつけて大丈夫だろうか。詮無きことを考えながら、尾?骨の終点を煩悩ごと裾で覆う。蟠る布が吸い付くように肌へ重なっていく間、ソロは余計な部分に一切触れなかった。
「ごめんなさい」
 落ちてきた吐息の重みに、思わず顔を上げる。こちらの眼を見ることすらできず、ブランチは目の前にある鏡台へ手を伸ばした。
「行きたくない」
 落ち着いた上品さを醸し出すコンドミニアムのインテリア中、唯一ロココ的派手さを持つ鏡台は、曾祖母の代から伝わる由緒正しい品だという。よく磨かれたマホガニーの天板に乗っていたのは、保管場所に見合う高級なビロード張りのケースだった。
 サテンのクッションへ突き刺さっていたものに、さすがのソロも目をむく。垂れ込む醜聞の代価としてゲイバーのNO.2に迫られた時でも、ここまで脳細胞はダメージを受けはしなかった。
「先週渡されたの。いつでも返してくれて良いからって。でもおじいさまは彼の事をすごく気に入ってて」
 二本指に摘み出されたプラチナの指輪は、恐らくティファニーだろう。ダイヤが一粒埋め込まれただけのシンプルなデザインが、逆に恐慌を掻きたてた。敵は彼女をよく知り、なおかつ尊重している。
 引きつった唇は幸い見られていない。大きく息を吸い込み一端止めてから、溜め息に混ぜて言葉を吐き出す。難儀な交渉の場で余裕ぶっているふりをするとき使う手を、いま使わねばならないことが悲しかった。
「相手は誰だ」