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新月の夜に

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「綺麗。」
女は、そう言って日の暮れた空を眺めていた。
「そうですね。」
男は、その横に立っていた。
「あ。」
女は、その男に気付かず、呟いたことを少し恥ずかしく感じていた。
「あ、すみません。」
「いえ。」
「今夜は満月ですか。」
「そうですね。中秋の名月ではありませんが、満月の夜は、何となく見てしまって。」

女は、夜勤に出かけた夫を見送った後、川沿いの並木の辺りまでその日満ちた月を眺めながら歩いてきた。
夜風が、心地よくなった頃、散歩をして帰っても、家で待つ人はいない。
「ご近所ですか。」
男は、女に聞いた。
「はい。」
見知らぬ男が声をかけてきたというのに、ほんのご近所での挨拶をするように女は答えた。
「建物に邪魔されない所までと思ったら、こんな所まで来てしまったんですけど、良く見えるし綺麗でしょ。」
「そうですね。」
「じゃあ。」
女は、サンダルを蹴るように二、三歩駆けると家路に向かった。
男は、女の後姿を時々見ながら、暫く夜空に浮かんでいる月を見ていた。

それから一ヶ月。
女は、また満月を眺めていた。
「こんばんは。今夜も綺麗に見えますね。」
声をかけてきた男に少し後ずさりしながら、振り返った。
先日、会った男と思い出すまでに少し掛かったが、分かった時には、笑顔を向けていた。
「あ、先日の・・・。先ほどまで雲がかかっていたんですけど、ちょうど見えるようになったところです。」
「そうですか。」
女は、空から視線を男に向けた。
「お仕事帰りですか?」
「ええまあ。」
「じゃあお勤めは、この辺りなんですか?」
「まあそんなとこです。」
女は、数分ほど月を眺めていたが、男に軽く会釈をすると帰って行った。
その後ろで声をかける素振りを見せた男だったが、そのまま近くに止めてあった車に乗り走り去った。
振り返った女には、もう男は見えなかった。

作品名:新月の夜に 作家名:甜茶