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南 総太郎
南 総太郎
novelistID. 32770
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『消えた砂丘』  3

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『消えた砂丘』 

       3


男が浜辺に姿を見せた。
今朝の電車でやって来たものだ。
二体の白骨死体が出て一躍有名になった石地蔵は、すっかり元通りに建て直され色々な花が所狭しと供えられている。

百合子の遺体も、両親のお墓に丁寧に埋葬されたとのことで、男は内心ホッとしている。
両手を合わせ拝み始めた。
こうしていると、あの行方不明騒ぎの日のことが想い出される。

静かな日曜日の午後だった。
百舌鳥(もず)がしきりに小松の梢で囀っていた。
ドーンという音が砂防林に鳴り響いた。
それは猟銃並みの轟音だった。

夕暮れ時の忙しいさなか、百合子の母親が近隣の家々に娘の失踪を報せて回った。
血相を変えて騒ぎまわる姿に、どの家も皆動転し夕食の支度を放り出して一緒になって村の中を捜し回った。

結局、百合子の姿は何処にも見当らなかった。
警察や消防団が出動したのは夜遅くなってからだった。
夜更けまで屋外での声高な会話が聞こえていた。

想いに耽る男の後姿を、ジッと見守るのは鬼沢だった。
既に三十分近くも石地蔵の前から離れない年老いた男に疑念を抱いたのである。
石地蔵に関わりを持つ人間は、極く限られている筈である。
(ホシは現場に舞い戻る)
つぶやきながら、林から飛び出すと素早く男の背後に回った。

驚いて振り向く男の頭上からドスのきいた声を浴びせた。
「墓の関係者かね」
人気の無い場所で見知らぬ大男に、いきなり声を掛けられ、男は慌てて立ち上がった。

鬼沢は相手の人相、身なりをチラッと見ると、今度は丁寧な言葉使いで聞き直した。
「被害者のご関係の方ですか」
男は、目の前の広幅の胸板に圧倒されながら、
「特別な関係はありませんが、女の子の方を一寸知っていたものですから」
「そうですか。大分、昔のお話ですね」
「ええ、終戦直後のことです」
「なるほど。ところで、その子の失踪騒ぎをご存知ですか」
「ええ、知っています」
「そうですか。ひとつ、当時の様子をお聞かせ願えませんか。私、地元Y署の鬼沢と言います」
そう言いながら、鬼沢は警察手帳を示した。
「野々宮です。でも、当時は小学生でしたので、記憶は確かじゃありませんが」
「いや、構いません。思い出されることでしたら、何でも結構ですから」
「分かりました」

野々宮と名乗った男は、桜田百合子が造り酒屋の一人娘で、戦争で父を失い、祖母、母、兄と暮らしていた事、常に兄の正治に手を引かれていた事、齢の割りに大人びた顔付きの美少女だった事、その百合子が五歳の時行方不明になり村中が大騒ぎになったが、結局何処にも見当らず、海岸で
波にさらわれたのだろうとの結論になった事、などを話した。

鬼沢は、それらを丹念にメモにとっていた。

語り終わった野々宮の脳裏を、白い、小さな顔が一瞬よぎった。
その顔を詳しく想い起こした。
野々宮の家の門前に立ち、こちらを見ている。
何か言っている。
野々宮は耳を澄まして、聞き取ろうとする。
「あんちゃん、知んねえ?」
野々宮は赤くなった。
少女から初めて声を掛けられたのだった。
「あんちゃん、知んねえ?」
再度、聞かれた。
「海の方さ、行ったど」
やっと答えたが、何かが喉に詰まった感じで声が十分出なかった。
「ふうん」
そう言って、少女は駆けて行った。
野々宮は、その後姿をジッと眺めていた。

「他にも何か想い出されましたか」
野々宮が黙り込んでいるのを見て、鬼沢が声をかけた。
「はあ、あの日のことを一寸想い出しましてね」
野々宮は、そう言って苦笑した。
「どんな事でもいいですから、話してみて呉れませんか」
野々宮は、今しがた回想した場面を話した。
「という事は、女の子は兄の正治を追って行ったのですね」
「そうだと思いますが」
鬼沢の目の色が変わった。
「野々宮さん、申し訳ありませんが、もうすこし詳しくお聞きしたいので、ご足労ですが署までご同行願えませんか」
「構いません。お役に立つのでしたら」
二人は、足早にその場を立ち去った。

市長の桜田が任意出頭を命じられ、Y署に出向いて来たのはそれから数時間後だった。
先日に比べ更にやつれた様子だった。
地検の取調べは、かなり執拗なようだ。

取調室に向かい合った鬼沢の態度は前回同様丁寧だったが、質問は急所をつく厳しいものだった。
桜田の返答が次第にシドロモドロになって行く。
小学生時代の古い記憶のせいにするにしても、既に手遅れだった。
かなり詳細な部分まで記憶が蘇っていることを、自らの答弁で証明してしまったからである。

鬼沢は言った。
「要するに、その日も妹さんは一緒だったんでしょ。仮に家を一緒に出なかったとしても、後から貴方を追って行ったとか」
自信があった。
野々宮と名乗る男から得た情報が、大きな裏付けとなっている。
しかも、桜田という人間の性格を見抜いていた。
(このタイプは情にもろく、根が素直だから落ちやすい)

鬼沢は、頃合をみてポケットからハンカチの包みを取り出した。
そして桜田の目の前に広げた。

ハンカチの上には、十粒程の小さな砂利が載っている。
それを見て、怪訝そうな表情を見せた桜田が、突然表情を変えた。
(あれだろうか)
桜田の不安げな表情への変化を、鬼沢は見逃さなかった。
すかさず、言った。
「ご存知ですね。貴方が小学生の頃、この界隈の子供達の間で手製の鉄砲遊びが流行ったそうですね」

鬼沢は百合子殺しに使われた凶器が散弾銃らしいとの推測にも拘わらず、その弾丸が見当らないので、その謎を追っていた。
偶然のことから散弾の鉛玉の代わりに砂利を用いることが出来る事実に気付いた。

一方、当時猟銃は手に入らぬ状況だったと言う報告により、手製の銃を想像した。
そして、署に保管されている古い記録を虱潰しに調べた結果、終戦直後に起きた或る小さな事件に関する一駐在所からの報告書を発見した。

それによると、廃墟化した飛行場に忍び込み拾って来た材料で、鉄砲を作る遊びが子供達の間に流行った。殆どは弾丸を発射するほどの性能はなく問題はなかった。
しかし、或る小学生の鉄砲が暴発して、弾丸として使われていた砂利玉が隣家の雨戸を貫通し、座敷の電灯のカサを壊したことから警察沙汰となり、駐在所の巡査が少年宅に出向き親子を厳しく叱った上、目の前で鉄砲を処分した。
同時に、学校側にも危険な遊びを禁止するよう要請したと言う。

その報告書には少年の住所、氏名までは詳記されていなかった。

兎に角、この発見により鬼沢の抱いていた犯人像は、中年の変質者から、あどけない少年に急変した。そして、ホシの対象を現在七十歳前後の男に絞ったのだった。

鬼沢の話を聞いていた桜田は、総てを悟ったとみえ、ポツリポツリと話し出した。

当時確かに手製の鉄砲遊びが流行った。
戦時中、沖合いの敵空母からの艦載機による激しい空襲で廃墟と化した、近くの飛行場に忍び込み、拾った鉄鋸で部品を切り取り銃身にした。
同時に、落ちていた空薬莢に雷紙の火薬と砂利を詰めて、鳥などを撃った。
自分も、見よう見真似で、それらしい物を作ったが、当然試し撃ちがしたくなり、人気のない砂防林に入って行った。