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南 総太郎
南 総太郎
novelistID. 32770
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『消えた砂丘』  1

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黒井は父親と二人で、桜田家の酒蔵の一部を改造して住んでいた。
戦後間もなく、疎開組の殆どが東京などへ戻った後も、黒井親子は酒蔵暮らしを続けていた。もっとも、男の一家が横浜へ移った後は、判然としていなかったが、結局彼等は桜田家に永住してしまったようだ。

想えば、黒井少年は東京から疎開してくると、忽ち村の子供達の人気者になったものだ。
田舎では知られていない都会の遊びを次々に披露することで、苛めっ子すらも自分の子分にしてしまった。
図画工作が得意で、展覧会などではいつも金賞を貰っていた。

ただ、彼の性格には多少問題があったように想う。
例えば、ベイゴマ遊びが嵩じて遂には集団で学校をサボり、山の中に木の枝で小屋を作り終日その中で独楽遊びをする、いわゆる「山もぐり」を先導したり、通常の小学生には珍しい異質の悪賢さがあった。そんな性格が彼を名士と言われるほどの人物に育て上げたと言うのだろうか。

もっとも、親も見離した悪童が、長じて世界偉人伝に載った話を聞いたこともある。
六十年という人生の大部分を占める永い年月を考えれば、その間に何が起きても不思議ではなかろう。むしろ、それが本来なのだろう。

男はそう結論付けると急に詰まらなくなり、車窓に映る田園風景を眺め始めた。
既にこの辺りまで、団地らしき家並みが進出してきている。

数日後の夜、テレビのニュースを聞いていた男は、画面に釘付けになった。
最初は相変わらずの贈収賄事件かと聞いていたが、キャスターの読み上げる
「サクラダマサハル」
の名に驚いて、読んでいた新聞からテレビの画面に眼を移したのだった。

そこには、一人の年老いた男の顔が映し出されていた。
頭髪は殆ど後退しているが、男の記憶する少年の顔の名残があった。
好人物の手本のような容貌は、年齢と共に更に磨きがかかり、恰も恵比寿様の観がある。

嫌疑の内容は、Y市の二十一世紀における新産業構想を背景とした土地買収に絡むもので、桜田市長は立場を利用して某大手鉄鋼業者が予め手当てしていた市内の海岸沿いの松林を工業団地用に市が買収するに際し、不当な高額を市議会に承認させ、業者から多額の礼金を貰い、それを着服したというものだった。

男は思った。

六十年という年月が人間を変え得ることは、むしろ当然だと結論付けた筈だったが、現実問題として、今報道されている事件の中心人物の少年期の性格を思い起こす時、矢張り納得出来ないものを感じるのだった。人は環境次第でどうにでも変わるとは聞くが、反面「三つ子の魂百までも」の喩えもある。

しかし、こうして世間に公表されるからには、捜査当局としても十分な証拠を掴んだ上でのことだろう。とすれば、彼には余程の事情があったに違いない。さもなければ、あの好人物の桜田が汚職などする筈がない。テレビに映った顔にしても、益々の好々爺といった感じだった。人の性格は善し悪しを問わず、結局は顔に表れ、齢を遂うごとに歴然とし、隠すことが出来なくなる筈だ。

その夜遅くまで、男は幾度も寝返りを打ちながら、遠い昔の記憶の糸を懸命に手繰るのだった。


                          続

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