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白黒ドリップ

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  「職員室コーヒー」

 スカートとセーラーの襟元を軽く正してから、私は「失礼します」と職員室の扉を開けた。廊下へと流れ出るエアコンの風に、私はゾクッと寒気を感じたけれど、我慢して中へと入った。
 教師たちのくつろいだ雰囲気をかき消すように、ジャージ姿の生徒たちが明るい声で部活の相談をもちかけている。それらを横目に見ながら奥へ進むと、書類が山積みになった机の前で片部先生を見つけた。ブラックコーヒーの入ったマグカップを片手に途方にくれているようだった。
「片部先生」
 呼びかけると片部先生は座ったまま疲れた笑みを浮かべて「やあ、永井さん」と頭を掻いた。丸っこいアゴのラインにカミソリ負けの小さなカサブタとヒゲの剃り残しが残っている。私を見て一呼吸考え込んだ後「なんだっけ?」と今度はそのアゴをザラザラと撫でさすった。
「課外活動のことだったと思いますけど」
 疲れているようだし、日を改めた方がいいような気もしたけれど『本日放課後』と言ったのは目の前でグッタリしている本人なので勝手に判断するわけにもいかない。
 片部先生は小さな声で「課外活動?」と首をひねった後「ああ、アレか」とマグカップを一口あおった。「えーっと」机の端にマグカップを置いて、プリントや書類をかき分けながら山の中に首をつっこんで何かを探し始めた。
 プリントの山がグラァッと倒れそうで見ているこっちがヒヤヒヤする。
「うーん、ダメか」とボヤきながら首を抜くと、今度は山となっていた書類を少しだけ手にとって「ちょっとこれ持って」私に渡してきた。
「はい」
 両手で受け取りながら返事をするとトンと手に重みがかかった。さすがにこれぐらいなら軽い。
「まだいけるか?」の問いに「はい」と答えると、また少し書類が差し出された。私は両手に抱えた書類ですくうように受け取った。まだ余裕がある。
「どこだぁ〜どこだぁ〜」と即興で歌いながら、片部先生が次々と書類を差し出してくる。受け取るごとに重みはトンがドンになり、ドスンになり、ズシンになっていく。私の足にピリピリ電流が走り、指先がジンジン痛んだ。腕もちぎれそうなぐらい痛い。
 この先生、私のことを健康優良女子高生かなんかと勘違いしてるんじゃないだろうか。
「お」何かを見つけたらしい。
 急いでください。つま先が床にめり込みそうです。
「オセロの石だ。綿貫先生のだな」
 はやくして!
「あったあった」
 今度こそ見つけたらしく、何かの鍵をつまみあげていた。「コレコレ」と言いながら私の姿を見て「あれ?」と首をかしげた。
「なんで、いつまでも持ってんだ? それ綿貫先生の机に置いて、って言わなかったっけ?」
「聞いてません!」しまった! 思わず、声に出してしまった。一瞬で職員室が静まり、周りの先生や生徒から緊張感の篭もる目が向けられて、体が強張る。
 しかし、当の片部先生はあまり気にした様子もなく「そっちの席だよ」と隣の机を指さした。無駄な物が見当たらず、きれいに整頓されていて、持ち主の几帳面さが伝わってくるようだった。
「ついでにこれも」と片部先生が私の持っていた書類の上にオセロの石をポンと置いた。
 私はヨタヨタと一歩ずつ慎重に歩き、綿貫先生の机の上に雪崩を起こさないように抱えていた書類を置いた。
「ふう」重荷から開放されて、肩周りが軽くなる。スッキリした肩を回すと少し楽しくなった。
 職員室にもすでに喧騒が戻っていて、私は一息つく。気と体が楽になったついでに、私は気になったことを質問してみた。
「このオセロは休み時間に遊んだりするんですか?」
 片部先生が、出来の悪い生徒を見るようにわざとらしいため息をついた。
「お前な。休み時間があるのは生徒だけだぞ」
「すいません」何か気に障ったのだろうか。
「昼飯の時にやるんだよ」
 それを休み時間と言うんじゃないだろうか。冗談かと思ったが、本人はマジメに答えたらしい。
「綿貫先生は強いぞ。なんせ、オセロ王子だからな」
 オセロ王子? 私の頭には何故か、槍を持ったトランプの兵隊が浮かんだ。そんな私の反応を見て、片部先生は何かに気づいた。
「ん? そうか、学校来て一週間じゃ知らんか」
「はい」なんのことやら。
「ちょっとちょっと」片部先生が手先でひょいひょいと私を招いた。耳を貸せ、ということらしい。あまり男性に顔を近づけたくないけれど、先生に言われたのならしょうがない。
 私は不安を顔に出さないように顔を近づけた。万が一、億が一、よからぬことをたくらまれた時のことを考えて、手を口元に添えて軽くガードしておく。自意識過剰かもしれないけれど、転ばぬ先の杖である。
 片部先生も口のそばに手を沿えながら、ボソボソとしゃべった。この手はガードというより、防音効果だろう。
「綿貫先生……生徒から……に、オセロで……て、……んだよ」
 よく聞こえなかった。片部先生は最後に小さく「皆知ってるけど内緒な」と口に人差し指を立てる。いや、その前によく聞こえなかったんですけど。
 噂というのは、知ったところで「だからなに?」という内容が多いのだけれど、中途半端な情報というのは、内容に関わらず気になる。四コマ漫画の三コマ目が塗りつぶされているような気持ち悪さ。
「あの、もう一度お願いします」と私が小声でお願いすると片部先生は「おっ?」と何かに気づいたように私の後ろに目をやった。
 それとなく振り返ってみると噂の張本人、綿貫先生が職員室に入ってきた所だった。スマートなマッチ棒がスーツとメガネを身につけたような先生だ。そのまま、自分の机、私のいる片部先生の隣の席へと向かってきた。
 これで真実を知る手立ては失われてしまった。しょうがない、また今度聞こう。
「それで、この鍵だけどな」
 先程のひそひそ話から、すでに頭が切り替わった片部先生が、発見した鍵について説明をしてくれた。
 鍵は旧校舎の二階にある図書室の鍵らしい。今いる職員室は新校舎にあるし、利用されるのもほとんど新校舎の教室だ。とはいえ十年ぐらい前に建てられたそうなので、私には『新』と言われてもピンとこない。図書室は閉鎖状態で誰も管理しておらず、最後に開けられたのは記録によると目の前にいる片部先生が先生でなく、生徒だった頃らしい。ざっと八年前だそうな。
「でな。改めて言うけど、お前は課外活動しなきゃ進級できないんだよ」
 話が嫌な方向へと流れている気がしたけど、出席日数が足りていないのは事実なので頷いた。
 私は小・中学校としょっちゅう入退院を繰り返していて卒業するのがやっとで、この高校に入れたのも受験生が定員割れしていたからだ。けれど、入学早々にまた入院してしまって二学期の今に至る。進級をとっくに諦めていたところ『課外活動をすればどうにかなる』と言われて呼び出されたのが今日だ。
「だから、図書管理してくれ。よろしくな」
 満面の笑みで、よろしくされた。嫌だ。あんな傍目にも薄気味悪い旧校舎の図書室に毎日一人で閉じこもるなんて。
「お断りします。大体、あそこって上級生が溜まってる、って噂じゃないですか」
作品名:白黒ドリップ 作家名:和家