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表と裏の狭間には 二十話―内乱勃発―

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「ええ、勿論よ。あたしたちの組織は、日本という国家の治安を維持するためと称して、武器をとったわ。合法でもない分、メディア良化機関よりも悪質よ。しかも、目的達成のためには殺人すら厭わない、味方の死者も徹底的に隠蔽するってんだから、本格的に手に負えないわね。でも、それが何?悪が守りたいものを守っちゃいけないの?誰が決めたのよそんなこと。悪が正義を語ってはならないなんて、正義の味方を気取ってる偽善者の傲慢そのものね。あたしはあたしの正義を貫くために、悪になった。それだけのことよ。それに皆を巻き込んだことも自覚しているわ。今皆に背負わせている十字架は、本来ならあたしが背負うべき十字架よ。そのうち全部ひっくるめてあたしが回収するわ。」
「そこまで自覚してるなら、俺が揺さぶれることは何一つないな。だが、間違いが一点だけある。」
「なによ?」
「お前は十字架を回収したいだろうが、お前は十字架を回収する前に、息絶えるのさ。」

「煌、何してるんすか?」
「関東支部メンバーの出社状況を見てる。」
オレは、計画書を渡されたときに一緒に教えられたパスワードを使って、支部長用のパソコンを起動させていた。
アークの隊員が全員持っている端末には、発信機が内蔵されている。
アークの何らかの施設内に発信機が入ると、それは『出社記録』として、中央――この場合は関東支部支部長のパソコンに記録される。
「念のためだ。ひょっとしたら、ってこともあるかもしれん。」
計画書を渡されたとき、ゆりは言っていた。

『もしも連中が動くのならば、連中の勢力下の隊員は、全員、もしくはほとんどが出社しないはずよ。』

「まさかとは思うが………。」
出社状況が書かれたリストを、スクロールさせていく。
このリストは、ゆりが事前に並べ替えをしてある。
普通の隊員と、桜沢一派の疑いがかかっている隊員に、分けてある。
だが、桜沢一派の隊員の分だけでも、相当な数がある。
早く………早く…………。
確証を得られる数、チェックしなければな……。

「それで?あんたが上に立っている限り、テロリストの拠点国家になんかしないって言ってたけど、あんたが死んだ後はどうするのよ?」
「あ?」
「あんたは本当にこの国を変えたいだけでしょうけど、あんた以外がそう思っているとは思えないわ。むしろ、この国を好き勝手に弄り倒したい、ってのがほとんどでしょうね。」
「これはまた辛辣な計算で。」
「あんたが上にいる間はいいわ。でも、あんたはその後のことを考えていない。あんたにだって寿命はあるし、ひょっとしたら暗殺ってこともあるでしょうよ。そうなった時に、あんたの後を継げる人間はいるのかしら?」
「美雪が継ぐさ。」
「悪いけど桜沢美雪じゃ到底無理ね。詰めが甘い、警戒が甘い。何せこのあたしに計画が漏れてるんだもの。もしこの計画を立てていたのがあんたなら、あたしごときには知る由も無かったはずよ。」
「まあ、その自負はあるな。」
「桜沢美雪が後を継いだなら、多分、最短で三分、最長でも一日しか保たないでしょうね。速攻で暗殺されて、後はテロリストが好きにやるでしょうよ。」
「俺が死んだら、警察や自衛隊が持ち直して勝手に連中を退けてくれるさ。」
「無理ね。どうせあんたが、国家機関から牙を抜くでしょう。」
「まあ、当然の措置だな。」
「そもそも、ここまでは『成功する』って前提で話してきたけれど。」
「ああ。」
「成功するって、本気で思ってるの?」
「さあな。」
「現代日本でクーデターなんて、出来ると思ってる?」
「今の自衛隊や警察なんざ、実戦経験皆無に等しいだろ。経験なら、俺たち(ヤクザ)のほうが多いくらいだ。」
「ま、日本国家は制圧できるとしましょう。で?どうするの?」
「どうするも何も、終わりじゃねぇか。」
「本気でそう思ってる?思ってないわよね。日本を制圧したら、次は世界が来るわよ。今の日本の上層部が内戦で敗北した、なんてのは格好の餌だわ。あんた、日本を攻めたがってる国にきっかけを与えて差し上げるつもりなの?」
「今の日本は温すぎるんだよ。前の戦争から、もう六十年以上経ってる。もうすぐ七十年くらいだったか?日本は、戦いを忘れてるんだよ。戦いを忘れた国は、志を失う。志を失った国は、腐敗を始める。腐敗した国は、根底から崩れ落ちる。」
「だから?」
「鍛えなおすんだよ。戦争という炎を使って、日本という使い物にならなくなった剣をな。昔なら、斬れなくなった剣は捨ててたんだろうが、最近じゃ鍛えなおすってのが主な手法だろ?エコってやつだな。リサイクルだよ、要は。」
「リサイクル?それ、鍛えなおしに失敗してただの鉄屑になるパターンじゃないの?」
「かもな。まあ、どっちでもいいんだよ。どの道を辿ったところで、今よりはマシになるさ。」
「驚いた。あんた、やっぱり何も考えてなかったのね。」
「ああそうさ。昔から、行き当たりばったりが心情だからな。なまじ、頑丈なだけにな。」

「………なんだと!?」
『ですから申し上げたように、『桜沢美雪』と名乗る女性から、本部に連絡がありまして。『わたくしとわたくしの仲間たちは、これよりアークを離脱し、独自の組織を形成するから許可をだせ』と言ってきまして――』
オレは、即座に電話を叩き切る。
データを閲覧していたとき、本部にいるゆりの住人から連絡が来た。
その内容は――到底看過できるものではなく。
「煌、どうしたんすか?」
「畜生!やられた!クソッ、どうして………!!」

『もしあたしとの連絡が途絶えようものなら、即座に動きなさい。』

「畜生!畜生!畜生!!」
オレは、引き出しを引っ掻き回して、ゆりから与えられた計画書を引き出す。
「煌!!落ち着くっすよ!何があったっていうんすか!」
「ゆりが!!ゆりが誘拐されてんだよ!!今しがた本部に、桜沢一派から独立を宣言する通達があったんだとよ!!!」
「だから落ち着けっつってんだろうがクソ兄貴!!」
「これが落ち着いて――」
殴り倒された。
それも、輝に。
オレよりもずっと、それこそ女子と見まごうほどに小柄な、輝に。
だけど、オレは激昂して殴り返すことはなかった。
輝の本物の殺気に、思わず、気圧されていた。
「テメェの失態でゆりが危険な状態に陥ってるかもしれないのはこっちだって重々承知してんだよ!!テメェがそれを後悔すんのは勝手だが勝手にキレて妙なミスはしないでほしいものっすね!!」
「…………ああ。」
分かってるさ、そんなこと。
分かってる。
分かってるはずなんだ。

『とりあえず、もしもの時はまず落ち着きなさい。そして、皆を落ち着かせなさい。』

「分かってるよ………ゆり。」
「煌、落ち着いたの?」
「ああ。」
さて、と。
輝に殴られた借りは、後で十七倍にして返すとして。
ゆりの計画を、発動する時が来たようだな。

「全隊員に告ぐ、全隊員に告ぐ!これより関東支部長、楓ゆりからの命令を通達する!現時点を以て、端末のアカウントが停止している隊員を即座に捕縛せよ!武器及び連絡の用途に用いる物は全て押収せよ!」

『まず、桜沢一派の関係者である疑いのある者のアカウントを、全て停止しなさい。』