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海竜王 霆雷 発熱1

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 熱を出して寝込むと、ずっと、妻は傍にいてくれた。こんな気持ちで付き添わせていたのだと思うと、感謝と申し訳ないという気持ちが溢れてくる。
「私は、あなた様が一番ですから、お傍を離れたくありませんでした。父も母も、あなた様の保護者は、みな、そうでございました。あなた様の手を握ってさしあげて、それに安堵してくださることが、私たちの喜びでしたよ? 背の君。」
「・・・どうも、一人は苦手だった・・・」
「うふふふ・・・そうでしたわね。霆雷も、きっと、すぐに回復いたしますわ、あなた様。」
「そうでないと、俺は何日も寝られないよ、華梨。こいつが、こんなじゃ気が気でない。回復させてやれるなら、そうしてやりたいんだけど・・・」
 人間だった時には、回復させるぐらいのことはできた。だが、竜になり持てる力が大きくなって、逆に、そういう些細な使い方ができなくなった。回復するように念は送ってみるが、あまり効果はない。あれは、人間限定だったのかもしれない。
「父上、母上、どうぞ、お休みください。私と叙玉がついておりますから。」
 氷を運んできた美愛が両親に、そう告げながらやってくる。高熱ではなくなったので、額のタオルも温くなるのが遅くなってきた。それを取り替えている。
「申し訳ないが、美愛。傍に居させてくれないか? 」
「でも、父上。」
「あなたと同じように、私たちも心配でね。たぶん、眠れないんだ。あなたも霆雷の手を握っておやり。それが一番、安心するから。」
「はい。」
 家族で、小竜を護るように、その手を握っている。その姿に、叙玉も感慨深いものを感じる。ああして真ん中に居た小竜が、手を握る側に成長したからだ。







 早朝に、どうにか熱は下がり、寝息も穏やかなものになった。やれやれ、と、三人が肩の力を抜く。
「一体、何を飲まされたんだろうな? 先生。」
 妻と交代して、深雪は少し離れた場所に移動する。一晩の徹夜ぐらいでは、主人も疲れたりはしない。妻と娘は、小竜の発熱による汗を蒸しタオルで拭いて着替えさせている。
「わからんな。小竜の自己治癒能力が過剰反応しているんだとしたら、かなりの代物なんじゃないか? 」
「そういうもの? 」
「そうだと思う。体内の毒を駆逐するために体温を上昇させたと考えると、すんなりとくる。胃の内容物は、あまりなかったから、かなり吸収されていた様子だからな。」
「なんてことするんだか・・・・」
「おまえじゃなくてよかったよ。小竜は体力があるから、そういう荒業ができるが、おまえでは無理だ。」
「いや、先生。俺は、まず、そういうものを口にしないから。・・・・あの誰にでも親しく出来る性格っていうのも考えもんだな。」
 深雪なら、まず疑うし、幼少時なら知っているもの以外からは逃げた。だから、そういう悪戯をされることはなかったのだ。霆雷は、そういう意味では、誰とでも親しくなるから、簡単に渡されたものを口にする。
「周囲に誰も居ない時を狙ってるのが、さすがだよな? 深雪。」
 傍には沢も控えている。まだ、護衛は必要ないだろうとつけていないから、一人になることがある。そこも問題かもしれない。
「ニコニコと笑顔で近づいてきたら、うちのちびは警戒しないんだろうからな。」
「まあ、最強の黄龍を従えているから、そういう意味では、そういうことをするヤツはいないはずなんだ。それで、おまえだろ? 」
「だからこそ、やったヤツは、俺の関係者しかいないって判明するんだけどな。」
 竜族の不満分子はいることはいるが、それが表立って、こういうことをやることはない。過去、それを企んで、ことごとく、この水晶宮の主人に阻止されているからだ。心を見通す能力があることは、それで竜族にも広まった。それを踏まえてやるほどの度胸のある不満分子は居ない。





 華梨は公務があるから、一端、私宮は退出した。傍には、深雪と美愛が引き続き付き添っている。ぐったりと寝ているので、手を握っていてやる以外にすることはない。薬師が、医師から指示されたクスリを運んできたので、飲ませたら、ぐふっと噎せて、小竜はぼんやりと目を開いた。
「・・・にげぇ・・・」
「これで、楽になるから、我慢しろ。」
 美愛が、身体を抱き起こして支え、深雪が匙でクスリを飲ませる。かなり苦そうな代物だが、好みの味とか、どうこういっている場合ではない。無理矢理に飲ませて横にする。最後に、ハチミツを一匙含ませたが、それでも苦味は治まらないのか、顔は歪んだままだ。
「・・・めーあい・・・」
「はい、背の君。」
「・・・おやじ・・・」
「おう、ここにいる。」
 うっすらと開いた瞳は、少し細められた。それから、ふたりの握っている手を握り返してくる。
「すぐによくなるから。ずっと、傍に居るからな。」
「・・・うん・・・」
「背の君、私もお傍を離れません。」
「・・・うん・・・」
 声をかけると、嬉しそうに微笑んで、そのまま、すうっと眠っていく。人間として家族のなかった霆雷は、こんなことをしてもらったことはないのだろう。寝込むと人恋しい気分になる。誰でもいいから、傍に居て欲しい。一人で眠っているのではないんだと解れば、それだけで安心もする。それを知っているから、深雪も手を離さない。眠る自分を包む波動が、一人ではないことを教えてくれる。それがあると、苦しくても悲しい気分にはならない。
「美愛、着替えて食事をしておいで。一人ずつ、休憩を取ろう。」
 片方の手を握っている娘に、そう命じる。それなら、父上が、と、言いかけたのを止めた。
「この様子なら、午後から目を覚ますだろう。その時に、疲れ果てた姿を見せるのは、どうかと思うよ? 」
 看病優先だったから、髪も乱れているし、服も昨日のままだ。そんな格好で最愛の背の君に見られるのは、イヤだろ? と、言えば、娘も顔を真っ赤にして立ち上がる。
「しばし、お待ちを。背の君。」
 それだけ言うと、部屋から飛び出していく。それが、さすが恋する女性という態度で、沢も叙玉も苦笑する。
「さて、そろそろ読めるだろう。」
 空いている手を、小竜の額に軽く乗せて、深雪が目を閉じる。発熱が退けば、意識も混乱していないから、昨日の記憶を眺めることが可能になる。ゆっくりと、それに該当しそうなものを探して、小竜の記憶の海へと意識を下ろした。






 水晶宮の一番大きな湖の傍で、小竜は誰かと話をしていた。真っ黒な衣装の小さなものだ。それが差し出したものを、小竜は手にして無造作に、口に放り込んだ。相手は、それだけで、すぐに姿を消した。





・・・・・やっぱり、おまえか・・・・




 パチンと深雪は目を開く。それは見知った相手だ。とりあえず、美愛が戻ったら、あれを捕縛しようと、そのまま、小竜の髪を撫でて口元を歪める。まあ、あれならやりそうだと、こちらも予想していたから驚かない。だが、何を口にさせたのかはわからない。確かに、性格の悪い知り合いだが、毒を盛るような性格ではないからだ。



・・・・あれは、なんだ?・・・・


作品名:海竜王 霆雷 発熱1 作家名:篠義