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God of Country

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1



 私の名前はクロムル。空の神――アルム様に忠誠を誓う者。
「大地の民よ、聞け! 争いなど無意味だ。大人しく国へ帰れ!」
 私は背後に数千の兵を率いながら言い放った。目の前には大地の神――ガイアルに仕える数百の兵が並ぶ。彼らは槍で大地を叩き、ずんずんと重い音を響かせていた。
「クロムル様。奴らに何を言おうが無駄です。幸い、こちらの兵力が上回っております。攻撃の命を」
 私の横に控えていた男が言う。
「駄目だ。俺は王から争いは避けろと命じられている。今しばらく待て」
 私の言葉に不満そうに男は返事をする。いつもならその態度を咎める所だが、男の気持ちも私には分かった。恐らく後ろに控えた数千の兵達も同じ気持ちだろう。
 なにせ今日の朝からこんな調子なのだ。私だって、早く攻撃の命令を出して休みたい。今なら夕食に間に合う。しかし王から命令があった以上、容易に攻撃はできない。
「大地の民よ、我々に戦う意思はない! 退け!」
 私の言葉が合図の様に敵は前進し始めた。
 大地の民は体が大きい。他の民族とはかなり違う。標準的な体型を持つ人間と比べると背丈も筋肉も一目瞭然だ。それが平坦なこの野原を歩く。壁が迫る様だ。
「仕方ない……弓を引け!」
 私の言葉に同調して隣の男が同じく叫ぶ。後ろでぎりぎりと弓を引く音が鳴った。
 私は抱えた兜を被り、腰の剣を抜いた。そして機を待つ。
「クロムル様、早く命令を」
 男が急かした。私は「まただ」と短く応える。
 敵は半分の距離まで近づいた。私は手の剣を上に掲げる。
「放て!」
 その声と共に剣を振り下ろした。後ろで千の矢が放たれアーチを描き、雨の如く敵に降り注ぐ。
 だが大地の民に弓矢などは気休めでしかなかった。首や頭に刺されば屈するが、胸に刺さる程度では大地の民は進行を止める事はない。現に矢の効果は薄かったようだ。
「槍隊前へ!」
 私の命令と共に長い槍を持った兵士たちが前に出て突き出すように構えた。
「皆剣を持て! 敵は少数だ、臆するな!」
 私は叫んだ。続けて背中を雄叫びが押す。
 大地の民は隊列を崩し走る。私は身構えた。
 衝突。槍など諸ともせず、大地の民は走り抜ける。私と後ろの兵たちも走った。目の前の大男の首をめがけて両刃の剣を横に振った。
 男の背丈程あるであろう槍で突こうとしたのだうが私の剣の方が速い。
 大男の見開いた目と目があった。同時に、腕に固い感触。断末魔は聴こえなかったが確かに斬った。
 私の目は次の標的に定まっていた。こちらも大男。大地の民は皆同じように見えるから戦い辛い。さっき斬った男がまた現れた不思議な感覚だった。
 次の敵は、すでに両手で持った背丈程の斧を振り下ろす動作に入っている。私は斧を後ろに退いて避けた。ずん、という音が鳴り地面がえぐれた。
 この破壊力、三つの種族で最も軽い空の民では真っ二つだろう。
 危険を察知した私は退いた反動を使って地面を蹴り、大男を一直線に突く。大男の断末魔。私が剣を素早く抜くと間もなくして倒れた。上手く急所を突けたようだ。
 私を狙う敵がいない事を確認して、全体の状況を見る。
 押している。それもそうだ、こちらは十倍の戦力がある。いくらタフな大地の民と言えどもニ、三人を一度に相手出来る訳がないのだ。
 だが、勝算が無いわけでも無いはずだ。敵の顔を見れば分かる。勝てる確信を持って挑んで来ている。
 その時、前方から異音が聴こえた。ぼん、ぼんという何かが破裂する音。爆発のような派手な物ではなく、小規模ではある。しかし、耳に残る音。私には聴き覚えがあった。
 少人数ながら固まる敵の中で一際異彩を放つ者が一人。そいつの素手で殴られた者は、殴られた反対側が破裂し吹っ飛んでいる。
 たった今、勢いに任せた若い空の民が斬りかかった。刃が奴を襲ったが、細い切り傷が一本出来ただけで平然としている。そして勢いが冷めて呆気に取られる若い兵の顔面に一発殴る。若い兵の後頭部が破裂し、私の目の前に飛んだ。
 私は顔の原形を留めず、血で染まった若い兵を見て確信を得る。
 異行者だ。筋力、破壊力、どれを取っても飛び抜けている。それは大地の民の異行者から見てとれる最も単純な特徴だった。
 あの大男が敵を率いる大将――頭だ。
 私は大男を睨み付けた。戦場で兵が死ぬ極当たり前の現象。それが憎悪となる瞬間だった。
 私の視線に気がつき、大男は不気味に笑みを浮かべる。
 目と目が合った。この瞬間からあの大男と私は本当の敵になる。殺しの標的だ。
 大男が近づく。私の身長の頭二つ分は高いだうか。武器を持たない両手は血で染まっている。
「お前、異行者だな?」
 大男は野太い声で言う。後五歩で私の剣が届く間合いだ。
「異行者同士はお互いに分かる。お前には分からないのか?」
 私は身構えた。剣を力強く握り締めて姿勢を低くし、攻撃の体勢に入る。
「分かる、分かるぞ。異行者の中でも上物。我が最期に相応しい男」
 笑みを顔に貼り付かせ、大男が一歩近づく。
「待て、大地の異行者よ。戦力の差は歴然。私を倒しても命はないぞ!」
 大男は歩みを止めなかった。
「元より玉砕覚悟!」
 私は剣を大男に向けた。後一、二歩で剣が届く距離で大男の拳が放たれる。その拳は、私には到底届かない。拳の先には剣があった。剣の平らな場所を的確に拳が捉え一撃を加える。鈍い音と共に剣が中から折れた。
 私は驚いて後ろに小さく跳ぶ。大男はさらに詰め寄り、さらに必殺の拳を放つ。私の腹を狙った物だった。
 しかしその拳は空を切る。大男の身長より高く飛び、空中で翼を羽ばたかせて停滞する私を見て大男は言った。
「それでこそ異行者! 俺に力を見せろ!」
 空中に浮かぶ私に満面の笑みを浮かべて言う大男。その拳が真上に構えられた。
 私は中から折れた剣を逆さに構えて大男めがけて急降下する。
 タイミング良く放たれた拳が私の頬を掠めるのと、大男の左目に突き刺さったのは同時だった。
 折れた剣は大男の頭を貫通して地面に刺さる。私も着地した。
 大男は動かない。頭から流れる黒い血は勝利の証だ。
 翼を体内に戻して私は立ち上がる。
 辺りでは数百の死体が倒れていた。九割近くが大地の民の死体で、残りの民も、私の足下に倒れた異行者の死体を見て戦意を失ったようだ。次々に武器を捨てて手を挙げる。
 空の民の兵士たちから歓声が挙がった。武器を天に掲げて勝利を喜んでいる。
 生き残った者たちで大地の民の死体を一ヶ所に固めて火を放った。捕虜となった大地の民は土に埋めてくれ、と酷く悲しんでいたがそんな労力も暇もなかった。
 死んでしまった空の民の兵士は、死んだ地で火葬する事になっている。魂を天に還し、灰は国に持ち帰って国の中で最も高い場所に墓を立てるのが仕来たりだ。
 一帯の武器を回収して私たち空の民は国へと帰って行った。

作品名:God of Country 作家名:うみしお