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夢の運び人6

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夢の運び人は今日も人間に夢を運ぶ。その夢が良い夢なのか、悪い夢なのかは人間に選ぶ権利はない。
 夢の運び人の足下で青年が寝ている。時々寝返りをして心地良さそうな顔をしていた。
 ベッドの横の机に紙が一枚置いてあった。
『九月七日。ロクへ、サンがコーヒーが切れたと言っていた。今日は暇がなくて買えなかったので買って来ること。後、会社の佐藤さんが会議があると言っていた。詳細は眠った時に話したと思うから頑張って』
 紙には砕けた字でそう書かれていた。
 運び人は担いでいた大きな袋から一つ夢を取り出して、青年の頭に入れた――

――俺は夢の中にいる。何もない白い空間。天と地の区別がはっきりしないのに、俺にはそれが感覚で分かる。そして、その地には十字を描くように四つの椅子があった。いつもは多くても三つしかないのだが、今日は特別らしい。
 俺はその椅子の中から一番地味な茶色の椅子に座った。
 確か、明日は俺の番のはずだ。今日はナナが担当したんだっけ。
 すると、俺の向かいの椅子の後ろから、彼女がどこからともなく現れて座った。
 ナナだ。
 彼女は俺の向かいのピンク色の椅子に座ると大きく息を吐いた。
「今日は疲れたわ」
 長い髪をいじりながら彼女がぽつりと言う。
「佐藤さんに何か言われたのか?」
 俺はナナに訊いてみた。
「ちょっとミスしたら嫌味を言われたわ。自分は楽してるくせに。ところで、何で今日は四つあるの?」
 ナナが整った眉を寄せて言う。俺は首を振った。
「さあね。ナナでもないし、俺でもない。となると、ヨンかな」
「ないわね。彼、最近出て来ないし」
 ナナが即答する。
「因に俺でもないぞ」
 ナナと俺が声のする方を見た。そこには青色の椅子に座るサンの姿があった。
 サンは大きなあくびをして言う。
「何か覚めたから来てみたら、今日は集会か? 脳に負担が掛かるからあまり良くないと思うが」
「そうだな。ヨンは多分来ないだろうし、俺たちだけで話そう」
 俺が言うと他の二人も頷いて同意した。
「ナナ、今日の報告」
 俺はナナに言う。
「まあ、いつも通り。会社の佐藤さんは相変わらずムカつくし、後輩はろくに動かないし。そうだ、明日会議があるんだって」
 俺はいぶかしげな顔をした。俺の番の時に会議とは運がない。
「なんの会議だ?」
 サンがナナに訊いた。
「係長が考案した企画よ。あれじゃ絶対失敗するわ」
 会議をする前から根も葉もない事を言う。
「他には?」
 俺は肩を落としてナナに訊いた。
「後は、サンがコーヒー欲しいって」
 面倒な事を、と思い軽くサン睨んだ。
「コーヒーは皆飲むだろ。買っておいてくれよ。な?」
 体の前で手を合わせて頼むサンに俺は頷いた。
「はい、報告終わり。どうせヨンは来ないだろうから、私は休むわ」
 そう言ってナナが椅子を立ったとき、ガタンと誰も座っていなかった椅子が倒れた。皆がそれに注目する。
「ま、まさか……」
 しばらくの沈黙を破ってサンが恐る恐る言った。
「……死んだ?」
 ナナがそれに続く。
 俺は数秒考えて二人に言った。
「ナナ、サン。聞いてくれ」
 去ろうとしていたナナが椅子に戻る。それを見て俺は続けた。
「そろそろ決める時だ。誰が主人格になるのかを」
 俺の言葉で二人は顔を伏せる。
「まだ……いいんじゃないか? 確かに初め七人いて、主人格だったイチが死んで、結果的に今三人だけどさ……何とかなるって」
 サンの言葉には焦りが感じられた。
「私はロクに賛成するわ。私考えたの、あの事故で私達はこの体に入ったけど、そろそろ限界だわ」
 ナナはサンとは対照的だった。何かを諦めたようにも感じられる。
「統合……するのか?」
 サンが頭を抱えて小さく呟いた。
「統合……そうね、私はそれでいいわ」
 俺とサンは顔を見合わせた。
「俺はまだ死にたくないんだ。統合なんてしたら、別の新しい人格が生まれるか、皆死んでただ抜け殻になるかだろ? 死にたくない」
 サンの言う通りだ。
「でもこのままだと、いづれは皆死ぬ。ただの抜け殻になってしまう。だったら、今統合して新しい人格が生まれるのに賭ける方がいい」
 俺は力強く言う。サンは小さく「ちくしょう……」と呟いた。
「ロクがそう言うなら私はそれでいい。イチに一番近かったのはロクだもの」
 ナナは俺を真っ直ぐに見た。俺は頷く。
「分かった……分かったよ」
 サンの言葉に俺は頷いた。
 俺は最後にナナと目を合わせて、目を閉じた。
 間もなくして、二つの椅子が順番に倒れる音を聴いた。そして俺も――

――夢の運び人は目覚めない青年を見守っていた。
 そろそろ朝になる。日の光も差し込んで来た。
 すると青年はゆっくりと目を覚ます。起き上がると自分の掌を見た。
「あの夢はなんだったのかな?」
 青年は一人呟くと、机に置いてあった紙を手に取った。
「ロク……サン? コーヒー? 何の事だろう」
 一通り目を通すと『会議』という文字を見つけて部屋の時計を見た。
「会社行かないと」
 慌ただしく支度をして、青年は部屋を出ていった。
 夢の運び人はその背中を微笑みながら見つめる。一人の人間の中に八人の人間を感じながら。
 夢の運び人は今日も人間に夢を運ぶ。その夢が良い夢なのか、悪い夢なのかは人間に選ぶ権利はない。
作品名:夢の運び人6 作家名:うみしお