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この雨が止む頃に

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LA GRANDE BOUFFE/せめて最後まで笑顔のままで


■ □ ■ □ ■

 一人でぼうっとしていると、どうしようもなく眠たくなった。
 美雪はどこかで拾ってきたジグソーパズルに熱中している。家の中は恐ろしく静かだった。
 何もない。
 やるべきことも、やらなければならないことも、何もない。
「……暇だな」
 場当たり的に呟いてみる。それで何が解決するというわけでなく、空白の時間が埋まるわけでもない。ソファに寄りかかって呆然としている拓也には脇目も振らず、美雪は必死になってパズルと格闘していた。どうしてもうまくはまらないピースがあるらしく、不穏なうめき声をあげている。
「……それ、何の絵になるんだ?」
「ん? あ、うん……えっとね、オペラ座の怪人」
「劇団四季の? へえ、おまえってああいうの好きだったんだ」
「好きだよ〜? 私は音痴だけど……」
「別にそれはどうでもいいけど」
 髪を掻き、美雪の対面に座る。
「……ちょっと貸してみ」
 美雪が持っていたピースをかすめ取ると、適当なところにはめこむ。さらにいくつかのピースを他の場所にはめこんでいった。全体の絵柄が派手なためだろう、それほど難しいパズルではない。ジグソーパズルの定石通りに外枠から埋めていけば、それほど時間もかからず完成させられそうだった。
「簡単じゃねえかよ」
「う〜……拓さんは頭がいいから簡単なんだよ……」
「ふふふ、おまえとはできが違うからな」
 笑い、ピースの山を前にする美雪の頭をくしゃくしゃと撫でる。
 いつまで続くのかはわからないけれど。
 いつまでも続けていく努力はしよう。
 拓也はそう決めていた。
「う〜っ……それじゃ、私が完成させたらラーメンおごりだよっ」
「おーし、いいぜ。ギブアップしたら俺におごれよ」
「いいよ、そのぐらい……約束だからね。破ったら指切りゲルマンだよ?」
「……ゲルマン?」
「指ぐらい切りそうなイメージだよね」
「首も切りそうなイメージだけどな」
 いつまでも続くはずはないと、毎日のように思い知らされてはいるけれど。
 大切なのは事実に捕らわれることではなくて、事実を捉えていくことだ。その上でなお自分だけの生き方を探す。世界の終わりで一番綺麗な死に方ができるような、そんな生き方を探す。
 拓也も美雪も口にこそ出さないものの、自然とそうなるように日々を過ごしていた。十二月ももうすぐ終わろうとしている。窓から見える街は純白に覆い尽くされていた。
「──お邪魔しまーす」
 のんびりと伸び上がる声が響くと同時に、階下から玄関扉の開く音が聞こえた。口々に寒い寒いと言いながら、慌ただしい足音が階段を駆け上がってくる。重さの違いを感じさせない二つの足音は、拓也の部屋の前でほとんど同時に停止すると、勢いよく扉を開け放った。
「おーっす、拓也。鍋の具買ってきたぞ」
「……ついでに鍋とコンロも」
 ひどく重そうな荷物を両手で抱え、知之と春奈が部屋に入ってくる。美雪は床に広げていたジグソーパズルを慌てて部屋の隅に追いやった。
「……秋川、久しぶり。それに深沢さんも」
「おっす、先輩」
「こんにちは、春さん」
「……先輩と美雪ちゃんって知り合いだったんですか?」
「うん。ほら、あの、君が告白してきたとき、その前に話してた子」
「ああ、あの」
 あの、と納得されていることなど我関せずと言った様子で、美雪は鍋の具を袋から取り出しては物珍しそうに物色していた。何が面白いのか、いちいちため息をついては感心したように深く頷いたりしている。
「っかし、自分から鍋やろうとか言い出したくせに、鍋の道具なんか一つも持ってないってんだから……拓也らしいよな」
 一週間後──十二月二十四日が知之の誕生日だということを聞いた拓也は、前祝いと称して四人で鍋を食べようと提案した。だが提案した当の本人が、鍋を作るために必要なものを一切持っていなかったのだ。結局知之と春奈が近所のホームセンターにまで出かけ、終局特売セール品と銘打たれた商品を買い込んできた。
「なんだよ。その言い方だと、まるで俺が馬鹿みたいじゃねえか」
「馬鹿っていうか……こう、心持ち語尾を上げる感じで、馬鹿ァって感じ?」
「全然わからんっつうの」
 憮然とした表情で言い返し、拓也は押入から炬燵を引っぱり出すと、部屋の真ん中に設置した。春奈からコンロを受け取り、真新しい鍋をテーブルの上に置く。昆布と水を入れて火をかけると、知之の買ってきた鍋の具を適当に分類していった。あらかじめ用意しておいたまな板と包丁を取り出し、手早くそれぞれの具を食べやすい大きさに切っていく。
「……秋川。妙に手慣れてるね」
「あー……ほら、俺、終局宣言が出てすぐに一人暮らしになっちゃったじゃないですか。だから結構料理とか自分でやったんですよ」
「ふうん……マメなんだ」
「A型ですから」
 それでなくとも料理は好きだった。後片付けなどの面倒が嫌いなのであまり公言もしていなかったが、どうせもうじき世界が終わるのならと重い腰を上げたのだ。
「拓也、そういやおまえ酒飲めたっけ」
「今ここには未成年しかいないんだが、君はそれをわかって聞いているわけかね」
「俺、おまえが本当はそんなこと気にしない人間だって信じてる」
「信じないでいい──っていうかおまえ、もう買ってきてんじゃねえかよ」
「とりあえずビールは必需品かなぁと」
「必需品かなぁ、じゃない。ばかたれ」
 袋から大量に転がり出てくる缶ビールを見下ろし、拓也は深いため息をついた。中学生の頃に一度だけ日本酒を飲んだことがあるが、その後の記憶は拓也の人生で最も忌むべきものとして固く封印されている。アルコールを摂取しないと殺すと脅迫でもされない限り、拓也は二度と酒の類は口にしないと決心していた。いちいちそんなことを説明するのも馬鹿らしいので黙ってはいたが。
 知之は勝手にゲーム機の電源をつけてテレビと向かい合っている。隣に座った春奈は、どうやら一緒にゲームに興じるつもりらしかった。さきほどから声が聞こえないと思えば、美雪はいつの間にか階段を下りてジュースを取りに行っていたらしい。今は一人でカルピスを飲みながらジグソーパズルとの格闘を再開している。三者三様に自分のやりたいことだけをやっていた。誰も拓也の手伝いをしようと言う発想すら湧かないらしい。
「……そんなもんか」
 鶏肉から出たアクをすくいながら、ぼんやりと独白する。
 好き勝手なことをして、好き勝手な生き方を選んで、好き勝手に死んでいく。
 全て自分のためだけに。
 自分が幸せになれるように。
 恋人を連れて友人の家を訪れること。
 勝手に人の家に住み着いて、毎日飽きもせずに飛んだり跳ねたりしていること。
 終わっていく世界の寂しさに耐えきれず、くだらない理由を見つけては友人達を呼びつけること。
 全て、自分のためだけに。
 よほど強力な摩擦が発生しない限り、そうやって生きていくことに何の不自由もない。むしろそれが当然のはずだった。他人のため、誰かのためという言葉は、ただの言い訳にしかならない。言い訳でなければ釈明か、弁解か。結局どちらかでしかあり得ない。
 ──友達が寂しそうにしていたので遊んであげました、ってな。
 知之は天使化症候群に感染している。
作品名:この雨が止む頃に 作家名:名寄椋司