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飛鳥川 葵
飛鳥川 葵
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クロス  第七章 ~DON'T STOP~

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その後すぐにアレックスは軍に電話をした。交換台が出る。
「はい、ホランド郡軍交換台です」
「軍司令部をお願いします」
「お名前をお願い致します」
「アレックス・ウィンタース元特殊部隊大佐です」
「それでは認識コードをお願い致します」
「アルファ、タンゴ、ブラボー、ブラボー、エコー、パパ、オメガ、ワン」
「確認致しますので少々お待ち下さい」
 少し間があって、カタカタとキーボードを打つ音がした。
「認識致しました。司令部へおつなぎ致します」
 程なくして司令部の交換台が出る。
「はい、軍司令部です」
「情報局局長グラント将軍をお願いします」
「ご用件はなんでしょうか」
「クロスについて話したいコトがあります」
「お名前と認識コードをもう一度おっしゃって下さい」
 アレックスはもう一度名告り、コードを暗唱した。
「少々お待ち下さい」
 今度は数分待たされた。これだから軍に電話をするのは嫌なのだ。外部回線の取次は優先順位が低いため、待たされるコトが多いのだ。
「久し振りだな、アレックス」
「御無沙汰しております、グラント将軍」
「クロスについてはヘンダーソン中尉とオブライエン少尉に一任しておるのだがね」
「申し訳ありません、将軍。どうしても将軍にお話ししたくて」
「どうしたのかね」
「自警団の件についてはご存知ですか」
「あぁ、用心棒とガンマンが結成しておるらしいな」
「私のところにクロスについて依頼がありまして、私も単独で動こうかと思っているのです」
「それで私にどうしろと言うんだね」
「情報を流して欲しいのです」
「これはまた随分だな」
「お願いできませんか」
「そうだな。お前の頼みだからどうにかしてやりたいのだが……。どうだ? 三日後に会わんかね」
「構いません」
「ではこちらから向かうとする」
「お待ちしております」

 それから二日間、アレックスはディータに通い、自警団から情報を集めようとしたが、空振りに終わった。ただ軍人が巡回で店に来ているというだけだった。ビリーも情報屋を回ったが、軍人が目につくとしか聞かなかった。
 約束の日、洋館の前に軍用車が停まり、アレックスの元上官、グラント将軍がシュミット少尉を伴ってやって来た。二人はまず家主のレーマンに挨拶をしてから五〇二号室を訪れた。ビリーがリビングに案内し、すぐに紅茶とスコーンを用意した。
「最新情報をお聞かせ願えますか」
「あぁ、分かった。この書類がそうだ」
 グラント将軍の言葉を待っていたかのように、シュミット少尉が茶封筒を差し出す。アレックスはそれを受け取り、中に目を通した。クロスは二日間で二人殺っていた。一人目は用心棒協会南部支部所属のミハイル・カチンスキーで、現場は南はずれのヨーマン通り。二人目はホランド郡を牛耳るマフィアのドン、ロゴス・エルナンデスお抱えのガンマン、ディエゴ・ラモスで、同じく南はずれのテーラー通りで殺られていた。
「ロゴスは黙っていないでしょうね」
「あぁ。五百万バックスの報奨金を懸けたそうだ」
「やはり。私もそれを狙うコトにします」
「どうするんだね」
「私の噂を流して頂けませんか」
「クロスを呼び込むのかね。危険だぞ」
「百も承知です。将軍も早く解決なさりたいでしょう」
「分かった。情報局員を使って『神足(しんそく)のガンマン』アレックス・ウィンタースの名を流させよう」
「あと人相書きを配るのは待って頂けませんか」
「そうだな。他の連中を危険に晒してしまうからな」
「お願い致します」
「では美味しい紅茶とスコーンをありがとう。武運を」
「ありがとうございます」
「久し振りに『神足のガンマン』を見れるかと思うとわくわくするわ」
「そうですか。鈍(なま)っていないといいのですが」
「あぁ、一つ頼みが」
「はい、なんでしょうか」
「クロスを必ず生け捕りにしてくれ」
「裁判にかけたいのですね。分かりました」
「では失礼する」
 グラント将軍は立ち上がり、ドアへ向かった。シュミット少尉は一礼してからグラント将軍について出ていき、帰りも二人はレーマンに挨拶をしてから洋館を後にした。レーマンは軍からもマフィアからも一目置かれていた。何故だかは分からないが。
 一方ビリーは心配していた。自らクロスを呼び込むなんて、親分はどうかしていると。

 その後アレックスはロゴスの屋敷に向かった。南はずれの高級住宅が立ち並ぶフォレスト通りにそれはあった。一等大きく堅牢な洋館がそうだ。監視カメラの前でインターホンを押して名前を告げると、鉄製の門扉が開いた。フットパスを通って玄関に着き、扉を叩く。中からボディガードが出てきてボディチェックを受ける。それからロゴスの部屋へと案内された。ボディガードがドアをノックしてアレックスが来たコトを告げると、中から返事があった。中に通されると、ロゴスが紫檀の机で紫煙をくゆらせていた。向かいのソファに座った途端、ボディガードはアレックスの背後に立った。
「ラモスの件聞いたよ」
「そうか」
「5百万バックス懸けたそうだな」
「あぁ。お前も乗るか」
「できればそうしたい」
「構わん。オレもお前がついてくれると心強い」
「そうか。じゃあ、そういうコトでよろしく頼む」
「用件はそれだけか」
「あぁ」
「生け捕りにしたらオレに連絡をくれ。奴の顔が見てみたい」
「分かった。そうする」
「じゃあな」
 アレックスはまたボディガードに伴われて屋敷を出た。準備は万端だ。後はクロスが引っかかってくれるのを待つだけだ。

 その頃ビリーはアレックスに頼まれておつかいに出ていた。アレックスの銃のメンテナンスをしてもらうため、フェルナンド通りの小さな工房、ロンバート・ガンスミスにやって来た。扉を開けるとガンオイルのにおいが漂ってきた。
「すみません。ロンバートさん、いらっしゃいますか」
 奥で声がして、初老の男が現れた。ここの主、クリストファー・ロンバートだ。
「ビリーか。久し振りだのぅ。メンテナンスかい?」
「はい、お願いします」
「見せておくれ」
 ビリーが木箱を取り出して開くと、ビロードに包まれた銀製のリボルバーが現れた。銃床にはドラゴンの彫り物がしてある。アレックスが特殊部隊にいた時、褒賞として受けたフォア・ローゼスだ。
 クリストファーは受け取ると、分解して掃除し、組み立て直した。最後にガンオイルを塗り、試射をしに奥に消えた。「試射します」と大きな声がして、銃声が何発か聞こえてきた。
「上々だわい」
 戻ってくるとクリストファーはそう言った。
「ありがとうございます」
 ビリーは礼を言い、代金を支払って工房を出た。

 その日からアレックスは銃を腰に下げ、毎晩ディータに通った。自警団と他愛もない会話をしながら、クロスが引っかかるのを待っていた。一方ビリーはヨハンと頻繁に連絡を取り、用心棒の間でアレックスの噂が流れていないかチェックしていた。
 何日か経って、マリアから連絡が入った。なんでもグラント将軍から、ここ数日事件は起きていないから安心しろと言われたそうだ。マリアはグラント夫人と親交があり、たびたび将軍が花を買いにやって来るのだ。ビリーがアレックスにそのコトを伝えると、アレックスは一安心した。