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喰人鬼

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す、と汚れひとつ無い、白く平らな皿のを少しだけ傾ける。
その皿の上をライチの果肉のように、つるりと滑らかに滑る物体に××は満足げに微笑んだ。
物体は、動くたびに透明でぬめり気の有る液汁を流して僅かな軌跡を描いた。

「ゼリーみたい。」

うっとりと、或いは恍惚とした様子で××は呟いた。

つい、口をついて出た感想だったが確かにその様に見えなくも無いと思い、××は一人頷く。

そして、皿を口元へ近づけたかと思いきや唇で感触を愉しむかのように弄ぶ。

少しして、飽きたのか今度は赤い舌を突き出してそのゼリー状のものを味見するかのように舐めた。

「うん、なかなかに新鮮だ。」

ご満悦そうに、笑う。

「だけど、物足りない。もっと、もっと・・・」

××は先程までの無邪気な笑みからは想像も出来ないほど凶悪な顔付きで言った。

「欲しい。」

皿の中のゼリー体のようなものを、ずるりと飲み込んで××は今日中に来客する人物のリストを脳裏で何度も復唱した。







「ここが……」

雨宮時雨は、そう言ったきり目の前に聳え立つ館を見上げると感嘆の溜息を漏らした。

「あのさ、僕が居ること忘れてない?」

むすっとした表情を浮かべて、時雨の右側に立った人物―――月見鏡は皮肉るようにぼやく。

「え、忘れてなんかいないよっ!そんなことしたら兄さんに何をされるか・・・」

兄に良く似た、整った顔に明らかな焦りを浮かべて最後は尻すぼみになりながらも時雨は言った。

「は?何で、あの人がそんなに酷い事するはず無いでしょ?熱でもあるのか、」

疑問符を浮かべつつも、鏡は時雨の額に己のそれを
こつん、と当てて

「ん、常温じゃないか。」
「きょっ鏡!近いってば」
「普通でしょ?それとも何、僕を嫌いだとでも?」
「そんな、滅相も無い!むしろ、」
「むしろ?」

鏡が問い詰めるが、時雨は口を割らなかった。


当然である。
時雨は鏡を好いているのだが、鏡は時雨の兄である五月雨と付き合っているのだからそんな事を口に出して言える訳が、無い。


「あっ、そうだ。」
「なに?」
「鏡さ、よく兄さんから離れられたね?」

その言葉に、鏡の体が大きく跳ねる。

「やめろ。」

本当は、離れたくなんか無かったのだ。
彼の隣を離れるという事は、鏡にとって《死ぬとき》と同義なのだから。
鏡は五月雨なしでは生きていけないし、五月雨も鏡なしでは生きていけない。
互いが依存しあっている関係。
所謂、共依存。
しかし、彼の為にならば鏡は離れる事も厭わないだろう。
今回の依頼は、鏡が行かなくてはならない内容だったのだから・・・それを、言外に察したのか時雨は追求をやめ、代わりに誤る。

「……ごめん。」

日向に置いていた花が萎れていくかのように項垂れる時雨に鏡は言い放つ。

「だから、お前なんか……」

鏡は、ずけずけと図々しくも人の心に入ろうとする時雨のそんな所が嫌いだった。
五月雨の様にそっと放って置いてくれればいいものを・・・いつもおせっかいな事に関わってくる。
嫌いだと鬱陶しいと、態度で示す程に。

「俺は、」

しかも、いつも大事な事を言わない。
いらいらする。
それは、得体の知れないものに対する恐怖とそこから来るストレスに似ていた。


ちょうど、気まずい沈黙が訪れそうだったところに館の女主人である北条芳(ホウジョウ カオル)が(付き添いということで全く情報を知らなかった時雨と鏡は五月雨から館の主の情報を得ていた)小走りに向かってきた。のに気づき、二人はそちらに目を凝らす。

やや、そばかすが目立つがそれ以外は完璧なルックスだ。薄い色素の髪は柔らかくウェーブしたショートヘアで、前髪を左右から二本の小さなバレッタで止めているため卵形の輪郭がよく見える。西洋の人のような顔立ちと、すらりとしたモデルのような肢体はその人を作り物めいた印象にしている。完全に、人形のように見えないのは単に彼女が飾り気の無いすっきりとしたパンツスーツだからであろう。

「これは、これはお早いご到着で探偵殿……おや?貴殿は、」

そこで、彼女は鏡の方を伺い見た。

「黄昏探偵事務所、助手。月見鏡です。」
「ツキミ?」
「お月見に、鏡と書いてツキミキョウです。」
「あぁ、五月雨君の彼氏か」
「え、彼氏っ!?」
「……何だ?時雨その顔は、」

明らかに落ち込んでいるようだが、理由を知らない鏡からしてみれば十分不審なのだろう。怪訝そうな表情とまではいかないが、微かに眉をひそめている。
というか、てっきり兄が左側だと思っていたのだが。しかも、2人の関係がこんな所にまで関係がバレているとは・・・案外世間は狭いのかもしれない。と、時雨は一人頷いた。

「さぁさ、遠路はるばるようこそわが館へ……いつまでも大事な客人をこんなところで待たせて置くのはマナー違反ですから。」

そんな二人の様子に苦笑さえ浮かべながら女主人はゆったりとどこと無く品のある歩みで、二人を急かすように館の方へ戻るので、はっとなった二人は静々と館に足を踏み入れる。
それが、悲劇の始まりだとは知らずに……







そして、女主人の案内で歩くこと数分。
たどり着いた談話室らしき部屋には懐かしい先客がいた。

「矢草さん!?橘さんまでっ!」

黒で統一した一見優男ではあるが、挑発的な眼をした25そこそこの青年と今ワイルドな雰囲気の30代ほどの男が大きなソファに寛いでそこに居た。

「ひさしぶりだね。元気だった?」
「はい!」

案内された部屋に、見覚えのある人物を見つけて時雨は尻尾を振る犬のごとく勢いよく返事をした。

「お、久しぶりだなぁ時雨!ん?そこの別嬪さんは誰だ?」
「あ、臨時で助手をしてくれる月見鏡です。」
「……初めまして。」
「初めまして、ツキミ君。俺は矢草疾風(ヤグサ ハヤテ)よろしく。」
「ぁ、オレは橘。橘遥(タチバナ ハルカ)だ。よろしくな。」
「よろしくお願いします。ヤグサさん、タチバナさん。」
「おや?五月雨君と2人って知り合いでしたか?」
「えぇ、」
「ちょっと、色々有って。」
「はい。二、三年前に知り合いました。」
「なるほど。ああ、そうだ。言いそびれていました。後、3人お客さんが別の部屋に居りますので先に名前をお教えしておきましょう。」
「ありがとうございます。」
「二階突き当たりの客室に、春日小春さんと椎名灯さん。お二人とも女性です。次いで、突き当りから2番目の客室に春日敬一さん。隣室の小春さんの旦那様です。」
「……ご職業はなんですか?」
「はい?」
「矢草さん、橘さんはワタクシ時雨と同業者で、実績も同じくらいの方たちです。しかも、徹底した守秘義務を誇る。……北条さん、この館で何があったのですか?」

時雨の語調が変わった。これは、彼が心に引っ掛かりを覚えたときの癖である。

「そうですねぇ、俺たちも気になります。」
「探偵と助手を2組、余程の難事件が有ったとしか思えない。」

鏡以外の知人同士3名が、北条に疑惑の眼差しを向けながら静かに問い詰める。

「わかりました。ご説明させていただきましょう。現在二階にいらっしゃる3名の方々、貴殿方と同じ探偵業にお就きです。」
作品名:喰人鬼 作家名:でいじぃ