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てっしゅう
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「哀の川」 第二章 変化

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第二章 変化



第三日曜日がやってきた。午前のレッスンに出かける時間になった。駅の近くのカフェでトーストを食べてすぐ傍にある教室に向かった。

着替えを済ませて先に来ていた麻子と言葉を交わす。
「おはよう!今日もよろしくね」
「おはよう!こちらこそ。上手く踊れるといいなあ」
「皆さん!おはようございます。準備はいいですか?それでは始めますから、いつものようにストレッチからやります」

山崎先生の声が大きく響いた。直樹に比べると他の生徒達は年齢が随分上にもかかわらず、とても身体が柔らかい。講師のストレッチ運動が功を奏しているのだろう。麻子も両足が180度開くほど柔らかかった。直樹がギクシャクしている光景を見て、くすくす笑っていた。麻子も笑っていた。運動が終わり各自パートナーを組んで、レッスンがスタートした。もちろん直樹は麻子と組んだ。柔らかな手の感触と、時折触れる胸の膨らみが、直樹を刺激する。

麻子も足を交差させる折に下手な動きをする直樹の股間に身体が触る。その大きさが解るから、少し変な気分になってくる。耳元で小さな声でつぶやく。

「直樹!変な気分にさせないでよ。レッスン中なんだからね」
「解ってるよ!だって君の胸や腰が刺激的なんだから、仕方ないよ。誰か他の人に代わる?」
「いや!そんな事言わないの!踊りに集中して元に戻してよ」
「何を?・・・そういう意味か・・・ゴメン」

あっという間のレッスン時間だった。直樹は月に一度では決して上手くならないと感じていたが、今の経済状況ではここの高額レッスン費用は負担できなかった。

12時のチャイムが鳴り、レッスンは終了時間を迎えた。各自のパートナーに握手と一礼をして解散、着替えのため女性たちは更衣室へと入っていった。残された男性達に混じって直樹は大きなガラス窓に寄り添って、外の景色を見ていた。自分の住む街に近いので見なれた光景ではあったが、借金地獄から抜け出していた気分がそうさせているのか、なんだか懐かしく思えていた。

山崎先生が近寄ってきた。妹の麻子のことが気になるから、声を掛けてくれたのだろう。45歳ながら、しゃきっとした姿勢と細く引き締まった足はさすが一流のダンサーだと感じた。
「直樹さん、馴れましたか?麻子とのパートナーシップもいい感じになっていますね。彼女は綺麗だしセンスもいいからしっかりと練習なさって、今度の大会に出場出来るようになるといいわね」
「はあ、えっ?大会ですか・・・ボクには無理ですよ。麻子さんはきっと他のパートナーを選びますよ、大会には」
「そんなことは無いのよ。見ていて解るの。姉妹だし、麻子の気持ちはあなたとしか出たくないわよ、きっと・・・だから、頑張って下さいね」
「はい、そうでしょうか・・・それなら嬉しいのですが・・・」

しっかりと先生に見透かされているようで言葉を濁した。やがて更衣室から麻子は出てきた。

「お待たせ!あら、直樹さん姉と何を話していらしたの?ひょっとして、私のこと?」
「違うよ!先生が君とパートナーを組んで、次の大会に出たら、って言われたの。無理って返事してたら、きっと君はボクと出たいからって言われるから、そうかなあ・・・って返事した」
「・・・姉は良く見ているのねえ、私はそうよ、出るならあなたとパートナーを組むから。頑張れる?大丈夫よね?」

直樹は今の実力で大会は無理だと感じていたが、なんだか麻子と先生とで強引に決められてしまいそうで、困惑してしまった。

「直樹さん、出しゃばって悪いんだけど大会に出るなら、週に一度は練習に来なくちゃいけないわ。私がレッスン代を払うから、毎週来れる?」
「嬉しいけど、君にそこまでしてもらって此処に来る事は嫌だよ。お金の事は自分で何とかするから、毎週来るように出来るだけするよ」
「そうなの、無理はいけないよ!でも、これでしっかり練習できるようになるから、大会に出ましょうね。姉には特別にレッスンして貰わなきゃね」
「あらあら、とばっちりが来たようね。直樹さんがその意気込みなら、応援しなきゃ・・・姉として。麻子の嬉しそうな顔を見る事は私の喜びだからね。そうだ、この後、予定が無いのなら、三人でランチしましょう!いいでしょ?麻子」
「いい考えだわ!そうしましょう。ねえ、直樹さん・・・」

直樹が断る理由は無い。というか、断れる雰囲気ではなかった。日曜日の午後はどこも満員で席が無く騒がしい。麻子は電話をして知り合いのレストランを予約した。車で渋谷まで移動して、お店に入った。そうあのパスタの美味しいカフェだった。二階に個室があって、特別の日などに解放していた。誕生会や結婚記念日など、思い出作りに店主は協力してくれるのだ。三人はこじんまりとした窓側の個室に通されて、それぞれにメニューを見て注文した。直樹はもちろんカルボナーラ。麻子は直樹と一緒にした。それを見てくすっと笑った裕子(山崎講師)は、じゃあ!私も一緒で、と注文した。

「麻子は直樹さんと仲がよさそうね。兄弟みたい・・・私も素敵な彼が欲しいわ」
「エッ?ご結婚されているんじゃ、無いんですか?」
直樹は聞いた。

「山崎は麻子の旧姓よ・・・って事は、独身、ハハハ・・・笑い事じゃないけどね。縁が無かったって言うか、ダンスに夢中だった時期があったから、女として良い時期を通り越してたのよね、気付いたら。麻子は功一郎さんと出来ちゃった結婚!両親は反対したけど結果良かったわよね。人生って何が起こるかわからないから・・・」
「お姉さん・・・言いすぎよ、直樹さんが居るのに」

裕子は正直麻子が羨ましかった。夫功一郎との今は幸せそうではなかったが、直樹という好青年とこうして仲良くなっていることを知ったからである。

カルボナーラが運ばれてきた。店の主人がやってきて挨拶をしてくれた。中西といえばこの辺りで住んでいる人は皆知っていた。

「いつもご贔屓にありがとうございます。お食事の後に私どもからお飲み物をサービスさせていただきます。後で伺いに参りますのでこちらのドリンクメニューからお選びいただけますようお願い申し上げます」
「ありがとうございます。今日は少し長居させて頂くかもしれませんが、よろしくお願いします」
「かしこまりました。ごゆっくりお寛ぎくださいませ」

直樹はパスタの味にこの店のこだわりというかレベルを感じた。店主の物腰や従業員の応対、店の雰囲気、そのどれもが高い位置でキープしていた。この界隈の住人たちが選択するに十分な資質を備えている店だと思った。

「あのう・・・先生はそのう、好きな人はいなかったんですか?」
「直樹さん、外では裕子って呼んで。先生はこそばゆいから」
「はい、裕子さん!」
「いたわよ、そりゃこの美貌ですもの!若い時にはね、ハハハ・・・近所では評判の美人姉妹だったのよ!周りの男性はそりゃもう、ね?麻子」