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刻の流狼第四部 カリスアル編【完】

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episode.37


 人が自ら作っては抱き続ける増悪が、作り出した自己に向かう事は少ない。如何なる理由を有していようと、自己弁護は必ず人の心に内に存在する。
 それは死を恐れるからだろうか?
 どんなに自己を否定しようと、死を己に科さない限り、否定は終わらない。
 死への恐れは自己の存続を無意識に行う事とも言え、罪の存在を他者へとすり替える行為は、保身であると同時に防御本能とも言えるだろう。
 にもかかわらず、過度な保身や自棄にも、死の誘惑が備えられている。究極の逃避は、それのみしかない。
 甘美でありながら、同時に恐怖である死。

 人は逃避の結末を迎えた時に、何を心に刻むのであろうか。


 * * * *


 バナジェスタの家で、時間的に夕食のご馳走を受けながら、やっとソルティー達はまともな自己紹介に至る事が出来た。もっとも名前を述べるだけの紹介で、お互いの背景を語るわけではなかったが。
 ただしそれは大人達の事情であり、子供には関係がなかった。
 特にガルクの料理は自信が在ると豪語しただけあって、かなり美味しかった。そうなれば恒河沙は嬉々として彼を褒め、彼はその言葉に嬉しそうに将来を語った。
「俺、成人の儀式を済ませたら、料理人の修行を積むつもりなんだ。一流の料理人になれば、それこそ食いっぱぐれる事はないじゃないだろ? そしたら俺が親父とソウナを食わせてやるんだ」
 子供としては立派な、父親からすると自分が情けなくなる夢を語り、全員からガルクは拍手を受けた。無論、恒河沙は一も二もなく大賛成だ。
 しかしそんなのんびりした雰囲気も、恒河沙の尋常ではない食事料を目の当たりにした頃には、本当にガルクは料理人(作っても作っても作り足りない)状態に陥った。
 料理を大量に作って並べたまでは良かったが、話半分も終わらないうちに、いつの間にか皿の中身が綺麗に無くなっている。「お代わりは沢山あるから、遠慮無く言って」と言ってしまったのも悪かった。
 そう言われれば遠慮をしないのが礼儀だと信じている恒河沙は、ガルクが台所から戻ってくる度に空になった皿を差し出して、満面の笑みを浮かべ続けた。
「済まない。恒河沙の食べる量の事を言い忘れていた。食事代は後で払うよ」
 もう何往復目か判らないガルクが、台所で次の料理に腕を振るっている背中に声を掛けたのは、これも謝り慣れているソルティーだった。
 せめて自分達の汚した皿くらいは洗おうと思ったらしく、両手にはその証拠が抱えられていた。――須庚はまた子供自慢に突入したバナジェスタに捕まって、ハーパーが皿を洗うはずもない。
「え……いや、親父の言い出した事だし……」
 ガルクは横の洗い場で皿を洗い始めた、意外と几帳面な剣士に言葉を濁らせる。どうやら確実に彼等の生活費が危うい様だ。
「体験して貰ってる通り、あの子の消費量は普通じゃない。金が掛かる苦労は、私もよく知っているよ。だから遠慮無く言ってくれないか、せっかくこんなに美味しい料理を食べさせて貰ったのに、後味を悪くしたくないんだ」
 ソルティー自身にはガルクの料理の味は判らない。しかし恒河沙の反応の良さだけでなく、少ない食材を工夫しているのは見た目で判る。今こうして見ている手際の良さも、決して店を持つ料理人に引けをとらないだろう。
「勿論、私と須庚の分は、そちらの奢りと言う事でお願いしたいが」
 そこまでソルティーが言うと、戸惑い気味だったガルクの表情が一気に安堵感を含んだ笑みとなった。
「そう言って貰えると、やっぱり助かります。安い時に買い込むんだけど、これじゃあ明日の分で無くなりそうだから」
「それじゃあ、私達は昼間ではこの街にいるつもりだから、明日の朝にでも恒河沙を連れて買い物に行って、その料金をこちらで持とう。その方が良いだろ?」
「はい、お願いします」
 ガルクは鍋の中を掻き混ぜる手は休めずに頭を下げた。
 きっと彼は、買い物の内容に遠慮を含ませるに決まっている。そこに恒河沙を割り当てれば、また美味しい料理を作って欲しいだけにどんどん買い込むはずだ。
 我ながら名案だとソルティーは自画自賛しながら皿を洗い続けていると、不意にガルクが笑い声を上げた。
「どうかしたかい?」
「あ、いえ、本当によく食べるなって」
 そう言った彼の視線は、後ろの部屋で待ち遠しそうに皿を銜えている恒河沙に向けられていた。
「……すまない」
「ああ、そう言うつもりじゃ無いです。あんなに美味しいって言われたの初めてだから、凄く嬉しかった。親父が何かヘマをして誰かを連れてきた時くらいしか、贅沢できないから、ほんとこんなに思いっきり作れたの久しぶりなんだ。――いつもはもう、雑草スープに毛が生えたようなのばっかりで」
「そこまで酷いとは……あ、いや……」
 つい本音を漏らしてしまい、慌てて口を塞ぐソルティーに、ガルクは思いっきり吹き出した。
「ほんと酷い生活だから。でも慣れるんだよな、これが」
「……しかし、どうしてそんなに借金したんだ? 言っては悪いが、それ程派手な生活をしたとは思えない」
 食事の途中でバナジェスタが自慢げに話した借金の額は、20ソリド。但し利子が膨らんで43ソリドを明日中に返さなければ、また利子が嵩むらしい。
「親父が仕事出来ないから仕方ない。とっとと賞金稼ぎなんか足を洗って、まともな仕事をすれば助かるんだけど」
「出来ない? しないじゃなくて?」
 ガルクの引っかかる言葉に首を傾げるソルティーの両脇から、ぬっと二本の腕が現れた。
「ソルティーさん、そんな事子供に聞かないで下さいよ。父ちゃんただでさえも情けない立場なのに……」
 バナジェスタはソルティーを抱き締め、弱々しくか細い声を出す。
「親父、隠してもしょうがねぇだろ。腰抜け銀狼って言えば、誰でも親父の事思い出す位に有名なんだから」
「うっ……酷い…。父ちゃん頑張ってるのに……」
「頑張ってるなら自力で首獲って来い、甲斐性なし親父」
 ガルクとバナジェスタの、言い慣れているし言われ慣れている言葉にやり取りに、ソルティーはバナジェスタに抱き込まれたまま狼狽えた。
――放せない……。
 先刻から必死にバナジェスタの腕をどかそうと努力しているのだが、一向にその成果は現れない。
 それどころか、
「ガルクちゃん酷すぎる〜〜。ソルティーさんあっちで可哀想な俺を慰めて頂戴」
「ッ……さ、皿!」
「あ、はいはい、そこ置いて。んじゃ行きましょう」
 バナジェスタはいつもの軽い調子で言いつつ、ソルティーの体を簡単に外へと引きずっていった。
 勿論口にも顔にも出さないで抵抗したが、びくともしなかった。
 そのままずるずると家の外に出て、横の路地まで連れて来られてから、やっと解放された。
「どういうつもりだ。立ち入るような話をして悪かったと思うが、聞くなと言うなら無理にまで聞く気はなかった」
「ああ怒んない怒んない、話するだけだから」
 バナジェスタは手近にあった木箱をソルティーの前に運んで、そこに座ってくれと頼み、自分は地面に座った。