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刻の流狼第四部 カリスアル編【完】

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episode.36


 世間一般的な蔵書の記述には、風壁に関する言葉は少ない。
 判っている事は、風壁が密度の濃い理の力の集合体だと言う事だ。
 そこに触れる生きとし生ける者を総て飲み込み、須く再生の理を断つのが風壁。
 しかし人は知らない。風壁が存在する事で、数多の命が救われているかを。世界を包み込む風壁が、偉大なる母である事を。
 その真実の姿を知る者達が、如何にこの世界を愛して止まないかを。


 * * * *


 ビーツで使い果たした精神力にだるさを覚えながらも、ソルティーは靴が仕上がると同時に街を出た。
――これで暫くは宿に泊まらなくて済む。
 切羽詰まった。
 それが数日間、恒河沙と同じ部屋に二人きりで過ごしたソルティーの、正しく偽らざる本音だ。
 須臾は面白がるし、ハーパーは見て見ぬ振りを決め込んでいるし、恒河沙は嬉しそうだし、寝る前に冷水を頭から浴びなければならないしで、ぼろぼろなのである。
 恒河沙が口にした“違い”に気付いてもなお、それで気持ちまでもが直ぐに変えられるわけではない。欲得尽くでは無いにしても、好意を抱く相手のもっと違う姿を見てみたいと感じてしまうのは、男として正常な反応と言わざるを得ない。
 同室になった翌日からは、恒河沙が居ない時を見計らって何度も須臾に訴えたが、
『やだなぁもう、嬉しいくせにぃ〜〜』
 にやけた笑みで返され、聞き入れられた試しがない。
 こうなる事を初めから判っていてされると、言外に仄めかす須臾が相手では、どうにも出来ない。
 何を言っても、彼には予め返事が用意されているのだ。そうなるとソルティーは文字通り、手も足も出ない状態でしかなく、言いくるめられ最後には部屋に押し戻された。
 そして入った部屋では、始終嬉しそうに楽しそうにまとわりついてくる恒河沙が居た。
 本気でやばいと感じた瞬間が、何度あっただろう。
 意識していなかった頃は気付かなかったが、恒河沙は須臾が絶讃するだけあって、かなり可愛い顔をしている。
 口を開かずに大人しくしていれば、女の子にも見える位だし、体付きは小柄で線も細い。以前はそんな特徴を掻き消す程に、元気に暴れ回っていた彼が、最近はソルティーの前でだけは大人しくしている。甘え全開ですり寄ってくるのだ。
 勿論、恒河沙本人にはそんな自覚は全くない。――が、それが余計にやばい状態をソルティーに引き起こそうとしていたのも、間違いなかった。
 眠る間際にあどけない声を聞かされながら、胸元に鼻先をすり寄せられては、堪えられない物が次々と押し寄せてくるし、その時点で冷水を浴びようとすれば、むずがるようにシャツの袖を引っ張って引き止められる。
 結局毎日一晩中、教典や難しい学問の内容を考え続けなければならなかった。
『抱いてって言われない限り手は出さないんでしょ? 彼奴がそう言ったなら、僕は何も言わないよ。ええ、言いませんとも。言えば良いのにねぇ〜〜』
 邪悪な須臾の笑顔を、この先永久に忘れないと誓える。
――絶対に何かで仕返ししてやる!
 ソルティーは前を歩く須臾の背中に拳を突き出し、必ず報復すると心に刻み込んだ。
「ソルティー、どうしたの?」
「………何でもないよ」
 いつの間にか厳しくなっていた表情を元に戻し、隣を歩く恒河沙に微笑んでみせる。
 恒河沙はかなり無理をして造られた笑みを、最初は不思議に思ったが、直ぐに笑い返した。
 それさえも今のソルティーには、かなりの毒であったが。





 パクージェ協和界国。
 リグスハバリ最西北の大国。ツォレンの国土の八倍以上にもなる国だが、今の国土を有したのはここ数年の出来事だ。
 周囲に点在した小国を外交で併合した国である。
 戦いの絶えないリグスにおいて、外交によって国を併合出来たのは、近年稀に見る大きな災禍が訪れた事に起因した。
 パクージェの国の西北地方が、一夜にして不毛の地に変わり、力の少ない小国だけでは疲弊した国を立て直す事は不可能だった。
 ツォレンや他の国々に、多くの民が流れたのもその為だ。
 人の営みを喰らう災禍が、諍いを絶えず引き起こす国同士を纏め上げた。皮肉な結果だと言える。

 パクージェに入国を済ませ、二つ程街を経由したソルティー達は、真っ直ぐ北西へと足を運んでいた。
 他国に比べると、活気はあまり感じられなかったにせよ、元々小国の集まり故に村や街は至る所に在ると言っても過言ではない。
 しかしそれも地図を見る限りでは三分の二まで。それ以上は村の名は消されている所が多く、北西地方には殆どと言って人の住む気配はなかった。
「一体何処まで行く予定なの?」
 両端を傾斜した崖に挟まれた狭い道を進みながら、地図を片手に須臾が聞く。
「一番端だ。無事に着ければ説明するよ」
 意味深げな言葉を言うと同時にソルティーは足を止め、一瞬後に全員もそれに従う。
 崖の上から隠しきれなかった殺気が、四人に放たれていた。
「この分では、野盗か」
 かなりの数だが、妖魔でなければそれ程苦戦は強いられない。
 相手は自分達が気付かれたのを知ると、雄叫びをあげながら崖を駆け下りてきた。ざっと見ても、二、三十人は居るだろう。かなり大きな盗賊団だ。
 彼等の降り方には怯みはなく、此処が彼等の縄張りなのが直ぐに判った。
 ソルティーは頭上から降り注ぐ矢を剣で打ち落とし、須臾に視線を投げた。
「……また僕ぅ〜?」
「仕事だ、行って来い」
 ここ最近の須臾への意趣返しは、パクージェでは多い野盗を彼一人で退治させる事になっていた。もっとも恒河沙がおとなしくしている筈もないから、彼は先兵になるだけだが。
 それでも誰も手伝わず、こうも野盗の数が多くなると、嫌でも大嫌いな魔法を使わなければならないのだから、須臾には丁度良い嫌がらせになった。
「まったく大人げないったりゃありゃしないよっ!」
 口汚い言葉を羅列する野盗達を相手に、須臾はソルティーへの悪口を叫びながら、次々と倒していった。詠唱もなく次から次へと大きな魔法を繰り出す須庚が相手では、人を襲い慣れた野盗でも一溜まりもない。
 まるでソルティーへの怒りを、そのままぶつける様な攻撃に手加減は一切なく、恒河沙が頑張る前に大半が地面で息絶えた。
 野盗は恐らく頭となる者を倒されたのか、途中から統率力が失われると、須臾が鬱積を全部吐き出す前に散り散りに逃げ出した。
「逃げるんなら初めっから出てくるなっ!!」
 無様に転げ逃げる野盗の背中に、須臾は言葉と同時に氷の矢を放つ。
 矢は男の足下を掬う様に突き刺さり、更に無様な姿にした。
「はーい仕事終わりましたよぉっと」
「俺も終わりぃ」
 須臾とは反対方向から駆け寄る恒河沙の足下には、呻く野盗達。手加減しても大剣で力任せにぶちのめされ、五体満足だとは言えないが、恒河沙は誰も殺さなかった。
 「人は殺すな」が、ソルティーの言い付けだ。
 敵が妖魔なら仕方ないとしたのは、妖魔には決まった肉体が無いからだった。体を操る妖魔の本体を死滅させれ無ければ、同じ妖魔がまた現れる。
 妖魔その物も、人が存在する限りどこかに生じてしまうなら、人に対してのような手加減など出来ようはずもない。