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妄想その2

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scene3 穴



穴がある。

鉛筆の芯ほどのとてもちいさなちいさな穴だ。
だからよくよく見なければその存在には気付きそうにないし、もっとよくよく見なければそれが穴だということすらわからない。

どうしてそんな穴を見つけたのかというと、それは私がそこを、それこそ穴があくほど見つめていたからだ。もしかして、そうしていたから穴があいたんじゃないだろうか。
そんなわけはないが。

それで私がその穴を見つけてどうするかといえば、覗いてみるのだ。
その穴が表面だけうがたれたものなのか、はたまた向こうの世界まで通じているものなのか確かめるために。

顔を近づけて、片目をつむって、開いた方の目を穴に近づける。そうするとわずかに光が見えて、そして向こうで動くものが見える。
通じている。いる。

もっとよく見ようと、世界を分かつ境界に体を押し付ける。
途端に鳴り響く大音響。
あわててその元凶の音量を下げる。
誤って落ちていたテレビのリモコンを踏んづけてしまった。

もう一度そおっと穴を覗いてみる。
穴の向こうの世界を覗いてみる。

そこに見えるものは私が見たくて見たくてたまらなかったもの。

耳の下で切りそろえられた褐色の髪。
その下にはやや日に焼けたうなじ。
少し幅広の肩とは対照的な、細い手首。
そしてわずかに見えるその横顔。

ああ、この穴はあの人のところまでつながっている。

穴はとてもちいさいから、きっと彼女は気付かない。
私だけが彼女を見ている。
湧き出る唾液をごくりと飲み込み、目に力を込める。

胡坐をかいて座卓に向かう彼女は、なにかせっせと書き物をしている。
ああ、あんなに目を近づけて。
背中を丸くして。
なにかを書いては空を睨んで。空を睨んでは何かを書いている。

なにをそんなに熱心に書いているのか。
ああ、ここからではよく見えない。
けれど空を睨んでいた彼女の頬がふわと緩んだ。
ああ、その表情ときたらっ!
こんな表情をするのか、この人は。こんなかわいらしい表情を。
一体なにが彼女にそんな表情をさせるのだろうか。
ああ、彼女の書いているものが見えたなら。

けれどちいさな穴からは、座卓の上にあるそのものまでは見えない。
見えるのはかわいらしい表情をした彼女が熱心になにかを書く姿だけ。
熱心に、熱心に、なにかを書いて、ふふと笑う。
そしてぱたりと筆を置く。
こちらを見る。私の方を。

そんな。まさか。
穴はとてもちいさくて、よくよく見なければその存在に気付くはずはない。
私が彼女を見ていることに気付くはずはない。
はずだ。

けれど彼女は膝をついて、そろそろと、こちらに近寄ってくる。
彼女はもうすぐそこ。
私が体を押し付けている境界に手を差し伸ばす。

気付いている。
彼女はこの穴の存在に。

今までに見たこともないほど近くで見る彼女の顔。
慌てて境界から体を離した。

はずが、私は横たわっている。
目の前にあるのは白い白い壁。
よくよく見ても、もっとよくよく見ても、そこに穴はない。
手を伸ばし触れてみたが、やはりない。

あるわけはないのだ。そんなもの。
彼女がその穴からこちらを覗くことだって、ありはしないのだ。

なにもない、白い壁は私と彼女をへだてるばかりなのだ。
いつでもこの壁を見つめているのは私だけで、彼女が見つめることなどないのだ。
だから。だから、壁に穴はあかない。

なにもないまっさらな壁を撫でたら、涙が出た。


作品名:妄想その2 作家名:新参者