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刻の流狼第三部 刻の流狼編

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 乱暴に振り舞いつつも甲斐甲斐しく世話を焼く彼女の姿に、離れた場所で須臾は肩を落とすしかなかった。
――僕も早く恋人欲しいなぁ。贅沢言わないから、美人で明るくて優しくて元気で賢くて胸が大きくて腰が締まってていっぱい子供産んでくれそうな年上の女の人、どこかで僕を拾ってくれないかなぁ〜〜。
 などと遠くを見つめる須臾の横では、椅子に座ったソルティーが彼女達の様子に話を切り出す機会を伺っていた。
 これ以上この街に滞在するの事は、未だに向けられている監視の目が、より一層厳しくなるかも知れない。それにもしも彼女達にも追っ手が差し向けられているとするなら、対処は早いほうが良いに決まっている。
 その結論からソルティーは、ベリザが食べ終わってまた眠る前に話を切り出した。
「ミシャール、私達は明日この街を発つ」
「それがどうしたんだよ。あたしには関係ないだろ。勝手に何処にでも行っちまえよ」
「確かに関係ない、な。しかし此処へ現れた様子から言って、二人に纏まった金銭は無いのだろう?」
「そ……それが、どうしたって言うのさ」
「だから彼が此処で治せる位は用意しておく」
「そんなの必要ない! 誰があんた達に世話をしてくれって頼んだんだ! それくらいあたしが」
「盗みをして繋ぐつもりかい?」
「………」
「その事自体を咎めはしない、清廉潔白な身の上ではないのでね。だが君に余程盗みの自信があっても、その万全ではない体で確実に成功させられるだけの自信なのか? 君が捕まったら彼はどうするんだ?」
「それは……」
「別に後で返せとは言わない。ただ、私達がこの国を出るまでの間だけ、此処で大人しくしてくれればいいんだ。その為の金だ」
 自分達と無関係を装う代償だと言う言葉にミシャールは言葉を失い、代わりにベリザが口を開いた。
「それは、出来ない」
「ベリザッ!」
 苦悶の表情を浮かべながら体を起こそうとする彼をミシャールは止めるが、彼の意思は堅く、痛みからの汗を浮かばせてソルティーに向いた。
「俺、シャリノ助ける。それを手伝って欲しい」
「ベリザ!」
 ミシャールの彼への呼びかけは、今度は彼の言葉を止めようとするものだった。
「シャリノ?」
 聞き覚えのない名前を口にしたソルティーに、彼女は鋭い視線を飛ばし、指が白くなるまで拳を握り締める。
「シャリノ、ミシャールの兄ちゃん。俺達の親」
「止めろ! 此奴等に話す必要なんか無い!」
「でも、シャリノ言った。助けて貰えと最後に言った。言って彼等が居た。そう言う事だと思う」
「だからってなにも此奴等に頼る必要なんか無い! あたし達で出来る!」
「シャリノの言葉絶対。ミシャールも本当は助けて欲しい」
 ベリザの言葉にミシャールは怒りと悔しさに震え、言葉を失った。
 ベリザは握り締められたままの彼女の手を握り、無表情のまま抑揚のない言葉を続け、その言葉一つ一つにソルティー達は耳を傾けていた。
「みんなシャリノ大事。シャリノの帰り待ってる。けど、俺達の力小さい」
「やだよ。あたしのお兄ちゃんなのに、どうして他人に頼まなきゃなんないんだよ」
「俺達かなわない。シャリノでも無理な奴、俺達負ける。ミシャールも判ってる」
「でも……でもぉ!」
 ミシャールの言葉はこれ以上続かず、ベリザの手を振り払って流れ出した涙を隠す様に部屋を飛び出す彼女を誰も止めず、代わりにソルティーが彼女の後を須臾に追わせた。慰める為では無く、無茶をする様だったら捕まえて連れ戻す為に。
 残されたソルティーと恒河沙は、ベリザの許可を得て彼の隣のベッドに腰掛け、彼の話に耳を貸した。
 たどたどしい言葉を使う彼の話は聞き辛く、途中からはソルティーの問い掛けに答えるやり方になったが、話を要約するとこうなる。

 ミシャールの兄シャリノを頭にする盗賊団ランスは、必ずこの三人で行動している訳ではなかった。大きな仕事でなければミシャールとベリザが中心となって、他の仲間と盗みをしていたらしい。
 その日もある屋敷にベリザ達は忍び込んだ。
 下調べも万端で、なんの失敗も予想されない仕事だったし、実際に仕事その物は上手くいった。
 しかし、その帰りに彼等は何者かに襲われ、なんとか他の仲間を逃がしたが二人は捕らえられ拷問を受けた。
 内容は彼等の首領、シャリノの居場所だった。
 何故その者達がシャリノを捜しているのか初めは判らなかった。確かに盗賊の首領を捕らえる事が目的なのは判る。だが目的は盗賊討伐ではなく、シャリノの能力だった。
 勿論それを聞くまでもなく二人は口を閉ざし、シャリノが助けに来るのをひたすら耐えて待っていた。
 しかし、
「シャリノの力封じられた。俺達逃がすのが精一杯」
 拷問係が休憩の為に少しだけ席を外す隙を見計らって現れたシャリノは、いつもの様に二人を安全な場所に移動させようとした。
 それが罠だと知ったのはその直後で、用意周到に待ちかまえていた術師達がシャリノの力を封じ込めようとしたのだ。
『妹を頼む、彼奴等に助けて貰えっ!』
 それがベリザの最後の記憶だった。
 何時もとは違う、激しい力の反発を受けてベリザ達はシャリノに逃がされた。
 誰に助けを求めれば良いのか、盗賊である自分達に味方など居ない筈だったが、確かにベリザの耳にはシャリノの緊迫した声が残っている。そして気が付けばこの部屋に居て、ソルティー達に治療されていた。
 これが偶然だとは到底思えない。
 少なくともベリザの記憶の中で、シャリノはたった一度も跳ばす先を間違えた事はない。それも寸分違わぬ正確さで触れた物を跳ばす、世界でただ一人の能力者だ。
 どう言った基準で彼等を選んだのか、ベリザにも判らない。しかしシャリノが彼等を、何らかの理由で頼りにしたのには間違いない。
「シャリノ助けて欲しい。シャリノ居ないとみんな悲しむ。みんな食べていけない」
「その、シャリノと言うのは、あの時の少年の事なのか?」
 この言葉にベリザはしっかりと頷き、ソルティーは脳裏に浮かんだ少年の顔を思い出した。
 あの不思議な力を使い、偶然ではなくシャリノが態と自分達の所に二人を送り込んできた事実に、ソルティーは左耳に指を彷徨わせた。
――まさかな。
「シャリノ助けてくれるか」
 感情の見受けられないベリザの言葉に、ソルティーは横でただ話を聞いているだけの恒河沙に視線を移した。
「恒河沙は、どう思う?」
「わかんない。でも、こいつにあんな酷い事する奴は許せない」
 自分の気持ちは決まっているから、必ず自分の出来ない事を口にする彼に判断を求め、彼の答えは期待通りだった。
 善悪は関係なく、目の前の事実だけを口にする恒河沙にソルティーは満足し、彼の頭を撫でてから「良く言った」と誉めた。
「必ず助ける保証は出来ないが、出来る限りの力は貸す。それで構わないか?」
「構わない。ありがとう、感謝する」
 矢張り感謝の言葉ですら平坦なベリザだが、痛みを堪えて頭を下げるその瞳はだけは、言葉を雄弁に語っていた。
「それじゃあ、後は彼女が帰ってきてからにしよう。詳しい事も彼女に聞くから、君はもう横になった方が良い。……話を聞かせてくれてありがとう」
「……聞いてくれて感謝する」