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刻の流狼第三部 刻の流狼編

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 アストアから北へ向かったハバリ中部に、切り立った崖が多くある山脈が在る。
 リーン・イリーラ(人喰いの壁)と麓の者には恐れられる、正式にはリルスベリアクラと言い、数少ない竜族の村が存在する山でもあった。
 厳密には、嘗て在ったのだ。
 竜族の棲息する山々は、人々から畏怖を持って崇められ、おいそれとは立ち入る事が許されていない。だからこそ此処は現在でも竜族の棲む場所とされている。偉大な伝説だけを頼りに。
 だが現実は、いとも無惨な姿を晒す。
 二千年を越える遙か過去に此処で栄えた赤竜は、現在では片手で数えられるだけとなり、散り散りとなって最後の刻を待っている。
 そしてその生き残りの一人であるハーパーがこの地を訪れたのは、これが最初であった。

 アストアを飛び立ち、体の芯まで浸透した森の気を一掃する場所を求め、何度か人の踏み入らない場所を転々とした結果、最終的にハーパーが選んだのは、遙か昔に彼の父達が住んでいたリルスベリアクラだった。
 故郷を思い懐かしむ同胞達の語った姿のまま、その汚れのない山脈は存在していた。
――祖よ、我漸くこの地に参詣致しました。
 跪き、瞼を下ろしたまま敬愛の念を込め地表に口付ける。
 村と言えども竜族に人の様な生活は必要ではなく、雨風を遮る物も必要としない為に、建造物と言える物は存在しない。もしそれが在ったとしても、過ぎ去った年月の分だけ風化により総ての物を消し去っているだろう。
 だが限られた場所にのみその身を任せる竜族であるハーパーには、この地がどれだけの力を一族に与えてきたかを、全身で感じられた。
――我のみがこの地へまかり越すなど、有ってはならぬ事。しかし、我が父、我が同胞の御霊をこの地へ回帰賜りたく、我、心痛極まりもその許し戴きたく参りました。
 堅い地表に指を立て、悔しさと悲しみを込めて、ハーパーは物言わぬ土に語りかけた。
 彼自身にこの地の記憶はなくとも、郷愁は同じに在る。
 知る者は誰も居ない遙か昔、世界は竜族が支配する時代があった。人を遙かに凌ぐ力を持って居れば、それは当然の事であっただろう。しかしそれは決して穏やかな時代ではなかった。
 ある時を境に歴史を奪われた今の世にも存在する竜族への畏怖は、その時代に刻まれた物なのかも知れない程に。
 だがある時を境にして、竜族は世界を捨て、一つの国へと静かに渡った。それがハーパーの産まれた王国リーリアン。
 竜族は二つの故郷を胸に生きてきたのだ。
 ハーパーにとってリーリアンが彼の帰るべき場所であるなら、同胞の帰るべき場所は此処である。だからこそ此処を選んだとも言える、深い思いだった。
――未だ昔年の遺恨果たせぬ我ながら、我が主ソルティアス様の為、この地の力を我にお与え戴きたい。
 周囲の気を取り込み、自らの糧にする竜族にとって、汚れのないこの地はまたとない回復場所と言える。特に赤竜の属性は火。相性の良い火山性質の大地からの恩恵は大きい。
 ハーパーは大いなる恩恵を感じさせる気に包み込まれながら、もう一度大地に思いを馳せた。
――そして、我が主に成り代わり、遙か古にこの地を離れるお許し戴きました事、我心より御礼申し上げます。
 一族の主は、リーリアン歴代の王。それは何故か、力無き人間だった。
 それは遙か昔の歴史に刻まれた一つの物語。
 だがハーパー自身は、その物語を知らない。それ故に彼の主は、ただ一人。リーリアンとしてでも人間としてでもなく、ソルティアスとの歴史がそれを刻み込んだ。



 ハーパーが生まれた時のリーリアンは、人と竜族が完全な共存共栄の中で暮らしていた。人は竜族に敬意を払っていたが、それは能力的に秀でるからであって、決して恐怖を感じていたわけではない。
 そして竜族でさえも、人の無知蒙昧さを指摘するものの、それらは補う為の助言であった。
 人が恐れる竜族であっても、実際は弱い一面も有していた。それは彼等が子孫を残す事に関してだけ、どの種族よりも劣る事であった。
 一個体一個体は人の全てを凌駕する竜族に勝る者は存在しない。だが長寿故に世代交代があまりにも遅く、何より子を宿す女性は竜族内の種族一つにつき一人だけ。
 数十年にやっと一人生まれる子を護る為にも平和な国を欲し、リーリアンはそれを彼等に与えた。
 振り返ればそれだけの事であったと言えるかも知れないが、その時代に流れた血がどれだけ多く、そして過酷であったか。
 ハーパーの父で在るローダーは、その時代を知る一人であり、国の軍事を一手に統率する者であった。
 初代国王ソルティアス・リーリアンから続く歴代の王の片腕として、国民全てから等しく最高の信頼を受け、国の聖剣の名を刻む者でもある。だがハーパーにとっては、誇りでもあり、同時に目の上のたんこぶでもあった。
 人の世に関わりを持たない筈の竜族が、どうしてリーリアンだけに従うのか。それは過去の歴史を紐解けば明らかになる事だが、その歴史の当事者ではなかったハーパーには納得できなかったのである。
 いくら自分の父や一族がその恩恵を受け、リーリアンの国王に助けられたかを耳が痛くなる程聞かされても、それは自分には関係ないと思っていた。
 まだ産まれてから百年も経っていない、一族の中では一番の若輩と言えども、その知力は人と比べ物にならず、その頃の彼は人を完全に見下していた。

 俗に言う、鼻っ柱だけは一人前の時期であった。

「どうしてお主は、そう事を素直に聞き入れぬのだっ!」
「父上こそ、何故に竜族の誇りを貶める行いを致しますっ!」
「お主という奴は、何度父が話て聞かせたと思って居るのだ」
「忘れてはおりませぬ。ただ、その恩は、既に充分に返しているのではありませんか。何事も度が過ぎれば、良い事等有りませぬ」
「このわからずやめっ!」
「それは父上ですっ!」
 日毎夜毎、連日連夜、この様な言い争いを続け、いい加減回りも迷惑を通り越し、「ああ、今日もローダー家は元気だなぁ」等と呑気に見守っている頃、国中に歓喜の知らせが触れ回った。
 当時の国王、ユイディウス六世と正妃レビオナの間には、なかなか子供が出来なかった。
 既に側室との間に三人の子供が居り、一人は男子だった。
 如何なる良識ある人物であっても、正妃と側室では大きな隔たりがあった。ハーパーからすれば馬鹿馬鹿しい民衆心理であったが、どうしようもない現実である。
 その為に国では様々な憶測が流れ、このままではあまり良い事態にならないだろうと考えられていた矢先、民衆から絶大の人気と支持を受けていたレビオナが懐妊した。
 しかもその後、民衆の高鳴る期待の中で産まれたのが王子となれば、国中は知らせが届く順に喜び沸き立った。
 血筋を重んずる事が、本当に正しい事かどうかは怪しい所だ。――が、賢王と讃えられるユイディウスと、美しくも優しい王妃の息子の誕生を祝わない者は、少なくともリーリアンには居なかった。

 勿論、ハーパーを除いて。

 連日に及ぶ祝いの中で、国の重要な政務は、浮かれていないハーパー一人にのし掛かり、浮かれている代表のローダーとの諍いは、口論の域を越えそうにまでなっていた。