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僕が許した父

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 僕が布団に潜ってどのくらい経っただろうか。
 無粋な電話の音で、僕は眠りから強制的に起こされた。
(畜生……。誰だ、一体。人が夜勤明けで寝ているっていう時に……)
 僕は鉛のような体を引きずって、電話の子機を手に取った。
「はい、もしもし」
「柳田光治さんでいらっしゃいますか?」
 聞き馴れない男の声だ。僕は一瞬、何かの電話セールスかと疑う。
「はい、そうですが」
「突然のお電話、失礼致します。私は神奈川県の小田原保健福祉事務所の澤井と申します」
 僕はその名前を聞いて、嫌な予感がした。その澤井さんは続ける。
「実はお父様の長太郎さんが、お亡くなりになりました」
「はあ……。で、僕にどうしろと言うんですか?」
 そう言う僕の口調は、かなり突っ慳貪だったかもしれない。
「お父様と光治さんとの関係が悪かったことは、私も存じ上げております。ただ、お父様は身寄りが他にいないんですよ。お葬式だけでも上げて戴けないかと思いまして」
「お断りします! あんな奴、父親でも何でもありませんよ!」
 僕は口調を荒げた。子機に自分の唾がかかるのがわかる。
「それでは、せめてお骨だけでも引き取って戴けませんでしょうかね? 私どもは葬儀まではできても、お骨までは預かれないんですよ」
 まだ半分眠っている僕の頭には、その言葉がやや事務的に聞こえた。
「いい加減にしてください。何で今更他人の骨を引き取る必要があるんですか?」
「そうは言ってもね、お父様、最後は光治さんに会いたいって言っていましたよ。好きだったお酒も断って、いつも家族の写真を眺めていたんですよ。最後は湯河原の自宅で亡くなっているのを、ヘルパーさんに発見されたんです」
 そう言う澤井さんの声は、どことなくしみじみとしていた。だが僕には父が酒を断ち、家族を思い出す姿など想像できない。
「ちょっと、考えさせてください」
「お父様は明日、荼毘に付されます。できれば今日の夕方までにご連絡戴けますか?」
「わかりました」
 僕は子機のスイッチを切った。同時に胸の中にドロドロとした感情が渦巻く。
 僕の勤務する製鉄所は同じ勤務が一週間続く。今夜も夜勤だ。それまでには答えを出さなければならない。僕は暗澹たる思いで布団を被った。しかしそれからは寝付けなかった。
作品名:僕が許した父 作家名:栗原 峰幸