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秋月あきら(秋月瑛)
秋月あきら(秋月瑛)
novelistID. 2039
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傀儡士紫苑 in the Eden

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 発展の象徴は多くあるが、魔導産業で成功したのは女帝のお膝元と呼ばれるマドウ区だろう。
 都市として発展したのは、東京からの文化が流れ込んできたホウジュ区が象徴的だ。
 神原女学園の制服を着た少女は、ギガステーションホウジュのホームで待ち人をしていた。
 巨大なホームに到着するのは超伝導リニアモーターカーだ。
 少女のボーイッシュなショートヘアとチェックのスカートが風に揺れた。
 リニアモーターカーが緩やかに停車して、転落防止のドアと車体のドアが開かれた。
 少女は左右を見回した。
 車内から次々と人が降りてくる。そんな中にいて、特別変わった格好をしているわけでもないのに、なぜか目立つ長身の女性。
 極端に短いスーツのスカートからしなやかな脚を伸ばし、その女は少女を見つけつと同時に駆け寄ってきた。
「つかさちゃん、久しぶり!」
「ストップ、抱きつかないでください」
 つかさはさっと後ろに脚を引いて、抱きつこうとしていた女の躰を避けた。
 スキンシップを躱された女は顔をぷくっと膨らませた。
「つかさちゃんなんだから、?つかさちゃんらしく?してよ」
「相手が亜季菜さんですから」
「アタシ以外のときはちゃんとつかさちゃんしてるわけ?」
「ええ、当たり前です」
「想像できない」
「…………」
 つかさは難しい顔をして押し黙り、その沈黙を無理やり破るように話題を変えた。
「こないだの件はどうなりましたか、伊瀬さん?」
 影のように亜季菜の横に立つダークスースの男性。亜季菜の秘書兼ボディーガードだ。
「その話は他の場所に移ってからしましょう」
 眼鏡を直しながら伊瀬は二人に先を促した。
 駅ビルから用意していた車に乗り込み、伊瀬の運転でホウジュ区から隣のカミハラ区に向かう。
 車中でつかさは質問の続きを伊勢に尋ねた。
「アレの検査結果は出たんですか?」
「サンプルから複数のDNAが検出しましたが、そのひとつがホストだと思われます」
 信号待ちで停車した伊瀬は、ノートパソコンを後部座席のつかさに渡した。
 ディスプレイに表示された3Dポリゴン。3DでモデリングされたDNAの塩基配列が分裂を繰り返し、徐々に生物としての形をつくって行く。
 モデリングされた生物を見て、つかさは神妙な顔をした。
「これは?」
「DNA情報を元に生物の形を復元したものです」
 伊瀬はゆっくりとアクセルを踏みながら言った。
 つかさの横に座っていた亜季菜がディスプレイを覗き込む。
「アタシよりナイスバディじゃない!」
 ディスプレイに映し出されていたのは妖艶たる美女だった。
 それはまさに紫苑が一戦を交えた相手。あの妖女そのものだったのだ。
 これが意味するものは?
 つかさはノートパソコンを伊瀬に返した。
「こいつがウィルスのホストということですか?」
「そうですね、我々はそう考えています」
 伊瀬の声を聞きながら、つかさは窓の外を眺めた。
 朱空に蒼いカーテンが掛けられようとしていた。
 流れていく住宅街の背景が止まった。
 目的地に到着して車を降りようとしていたつかさと、窓ガラス越しに道路を歩いていた女子高生と目が合った。
 車を降りたつかさのスイッチがオンになる。
「やっほーもみじ!」
 つかさは小走りで駆け寄り、同級生の紅葉に両手を広げて抱きついた。
 そんな光景を見ていた亜季菜がボソッと呟く。
「あれがつかさちゃん……クスッ」
 亜季菜に接するつかさとはまるで別人だ。
 つかさはニコニコ笑顔を浮かべて、車から降りた二人を紹介した。
「ウチの義理の姉ちゃんの亜季菜姉ちゃんと、その彼氏の伊瀬さん」
 突然、彼氏の役回りを押し付けられた伊勢は苦い顔をしながらも、紅葉に軽く会釈をした。
 おしとやかな雰囲気を醸し出す紅葉は、才女の微笑を浮かべて小さく会釈を返した。
「はじめまして、雨宮紅葉です」
 雨宮紅葉はつかさと同じ学園に通う同級生だ。
 紅葉は制服姿のままマンションから出てきていた。それも少し急いでいるようなそぶりを見せている。
「実はわたし急用がありまして、また今度時間があるときに……では失礼します」
 背を向けて走り出す紅葉につかさは手を振った。
「ごめん、引き止めちゃって。またねん紅葉!」
 紅葉の姿が曲がり角に消えると、つかさの表情からふっと明るさが消えた。そんなつかさを見ていた亜季菜がクスっと笑う。
「多重人格だったの?」
「……違います」
 紅葉に接していたときとは違い、とても淡白な口調だ。
 つかさはなにも言わず、亜季菜を置いてマンションの中に入って行ってしまった。
 慌ててつかさの後を追う亜季菜と、慌てることなく後を追う伊瀬。
 エレベーターで階層を上がり、廊下を早足で歩くつかさの足が止まった。
 ドアの鍵を開け部屋の中に消えるつかさの姿。ドアは客人を迎えずに閉じられた。決して無礼を働いたわけではない。つかさの役目はここで終えたのだ。
 代わりに開かれる隣の部屋のドア。
 ドアの隙間から覗く幼い少女の顔。メイド服を着た金髪の少女が蒼い瞳で亜季菜と伊瀬を見据えていた。
「お待ちしておりました。愁斗様がお待ちでございます」
「アリスちゃん久しぶり!」
 抱きつこうとして来た亜季菜の躰をさっと避け、アリスは二人の客人を部屋の奥へと促した。
 1日に2度もフラれた亜季菜はぷくッと顔を膨らませながら、次こそはとリビングで待つ人物に抱きつく準備をしていた。
 リビングで亜季菜たちを出迎える細身の影。
「お久しぶりです」
 その口調は、淡白なつかさの口調の酷似していた。
「愁斗クン久しぶり!」
 両手をいっぱいに広げた亜季菜が愁斗に飛びつく。
 が、しかし!
「ストップ、抱きつかないでください」
 それはつかさのセリフとまったく同じだった。
 ショックを受けた亜季菜はソファにどっしりと腰を下ろした。
「紅葉ちゃんに見せたつかさちゃんと愁斗クンが同一人物だなんて……信じられない」
「傀儡はそれぞれ個性を持っていますから、僕はそれを具現化しているにすぎません」
 愁斗は形のよい唇を綻ばせ微笑んだ。
 続けて愁斗は、
「実は急用ができました。僕は部屋に篭りますが、お二人は寛いでいてください。あとは任せたよアリス」
「承知いたしました」
 恭しくアリスは愁斗に一礼し、愁斗は自分の部屋に消えてしまった。
 代わってすぐに愁斗の部屋から出てきた謎の影。
 茶色いローブを羽織り、白い仮面を被った者――紫苑だった。
 ベランダに出た紫苑は躊躇なくフェンスを飛び越え、地上へと姿を消してしまった。
 亜季菜は紫苑の背中を見送って深くため息をついた。
「久しぶりだっていうのにもぉ。アリスちゃんビール持って来て、今日はとことん飲むわよ!」
 亜季菜はスーツのジャケットを投げ捨て戦闘準備万端だった。

 黄昏の空は蒼に沈もうとしていた。
 おぞましい形相を浮かべた〈般若面〉に反射する夕焼けの朱。
 〈般若面〉を被ったその下の姿は、神原女学園の制服であった。
「貴様、そこを退け!」
 〈般若面〉の怒号がビルの裏口に立つ大男に浴びせられた。
「さっさと返りやがれ! 変なお面なんか被りやがって……」
 男は唾と共に言葉を吐き捨てた。