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牛山田さん

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コンビニの前で3人の若者が座り込んで話をしていた。
髪型はそれぞれ、金髪のトゲトゲと、赤の坊主頭、黒いモヒカンで、
服は鋲を打ちつけた革のジャケットに、タイトなブラックジーンズにドイツ製のブーツ。
全員が揃ってパンク風の格好をしていた。

金髪のトゲトゲ頭の男が言う。
「だ・か・ら・よ?パンクっつうのは音楽性じゃなくて生き方なんだよ。
ガチガチのルールと戦う姿勢っつうの?それをシドが始めたんだよ。
それは始まりだったし、同時にシドで終わりだったんだ」

「じゃあワイヤーなんかはパンクじゃねえってことになるな」
赤い坊主頭が相槌をうった。
「え、俺はワイヤー結構好きだけどなー」
とモヒカン男。

「ワイヤーなんかパンクの皮をかぶって出てきたクソバンドさ。
そう。ピストルズが死んでパンクは死んじまったんだ!」
金髪トゲトゲ男が唾を飛ばしながら熱くなっている。
放射状に広がった髪型は、後ろから見ると金色のウニのようにも見えた。

熱く語る3人の前に、
いつの間にか大きな黒い影が立っていた。

それは、異様に太い首と腕、
そして隆々とした胸板を持つ巨体の男だった。
190センチを超えていそうな身長の割に、足は短かい。

太い首の上には縦長の角ばった大きな顔。
鼻と口も驚くほど大きく、落ちくぼんだ眼だけがちょこんと小さく
ほとんど黒目しか見えなかった。

3人の目を引いたのは、巨体の男の格好だった。
男は、そろそろ冬だというのに、
半袖の白いTシャツに、青色のジャージ、白の運動靴という、昭和の体育教師のような服装で、
着ている服はどれも、服のほうがかわいそうになるほど、ぱつんぱつんに張っていた。

「アンタ何?オレらに何か用?」
金髪頭のパンクスが巨体の男を眺めながらヘラヘラと言う。
だが目は笑っていなかった。
赤坊主とモヒカンはその後ろでニヤニヤと余裕の笑みを浮かべている。

巨体の男が、大きな口を開いた。
「どーもー。牛山田でーす」
低くて、よく響く野太い声だった。

そして、声に似合わぬ軽いノリの関西弁でこう続けた。
「あの、自分ちょっと聞くんやけど、
自分が着てるジャケット、それ何革?」

金髪は、唐突な質問にちょっと驚いた顔をしたが、
目の前の男が、自分のジャケットに興味を持っているので
少し得意そうな顔になった。

「あ?これ?カッコいいだろ?
 本革だよホ・ン・ガ・ワ!牛ね、ギュ」
そこまで言ったところで金髪のパンクスは吹っ飛んだ。
牛山田が思いきり体当たりを食らわせたのだ。
その巨体からは信じられないスピードの踏み込みだった。

コンビニの壁際まで吹っ飛ばされた金髪が、
ぐむぅと呻いて白目をむいた。

「マサやん!!」
仲間のパンクスたちが叫び、牛山田を睨む。

「大丈夫、峰打ちや」
牛山田は淡々と言った。

「言い忘れてたんやけど、ボク、牛やから。
牛革とか言われると、もうゾッとすんねんな。
ほんで、怒りがこう、メラメラと湧いてくんねん」
そう言う牛山田の表情は一切変わらず、何の感情も読み取れない。

「てめえ、ラリってんじゃねえぞ」
赤い坊主頭のパンクスは数歩前に出ると、牛山田の股間を思い切り蹴り上げる。
と同時にポケットからバタフライナイフを取り出し、牛山田の腹部に一気に突き立てた。
ためらいのない動きは、坊主頭がかなりの場数を踏んでいることを感じさせた。

が、次の瞬間にパンクスたちは凍りついた。
「いや、牛やから、そういうの意味ないんよ」
そう言うと、牛山田は腹部のバタナイフを抜き取り、
よいしょ、と言って真っ二つに折り曲げた。

スプーン曲げの実演のように、
くにゃり、と曲がったバタフライナイフを
牛山田は「はいコレ、返すわ」と赤坊主へ差し出した。

「なっ…」
赤坊主は、あまりの出来事に
受け取ったナイフを呆然と見つめている。

「それで」
牛山田が声をあげる。

「自分が着てるジャケット、それ何革?」
そう言って赤坊主の顔を見る。

「これは…ラムレザー…だけど」
赤坊主は、自信なさげに答えた。

「ラム!ラムって言ったらヒツジやんなぁ。
ヒツジかぁ?。ボクとは関係ないなぁ。
それにあいつら、毛深いし、群れるしか能ないしなぁ…」
牛山田はぶつぶつと言いはじめた。

赤坊主はモヒカン頭と顔を見合わせ、
やべーよコイツと声にならない声で言い合う。

「うーん。まあ、一応やっとこか」
牛山田がポツリと言った。

え、という顔を赤坊主が浮かべた次の瞬間、
「反芻パンチ!」
ドドドドムッと音がして、牛山田のボディーブローがめり込んだ。
赤坊主は膝から崩れ落ち、
おろろおろろろ、と嘔吐した。

「トシちゃん!!」
モヒカンのパンクスが泣きそうな声をだした。

「まあ、今のは全国のヒツジの分や。
反芻動物のよしみでボクがやらせてもらったわ。
反芻胃にちなんで4発入れさせてもらったから。
そのパンチの重み、しっかり噛み締めや」

牛山田はボディーブローの体勢のまま言った。

「な、なんでこんなことするんですか!」
モヒカンがヒステリックに叫ぶ。

金髪は白目をむき、赤坊主は地面でゲエゲエと吐いている。

牛山田はゆっくりとモヒカンの方を向いた。

「なんでって自分。考えたら分かる話やん。
たとえばな、自分の家族や恋人や友達が殺されたとしたらどや?
悲しいやろ?悔しいやろ?憎いやろ?
で、自分の大切な人を殺した相手が、
大切な人の皮を着て歩いていたらどう思う?」
問いかける牛山田の表情は一向に変わらなかったが、
声は喋りながらどんどん大きくなっていった。

「いや、その、急にそんなこと言われても」
モヒカンは恐怖と混乱でブルブルと震えていた。


しばらくの沈黙の後、牛山田が切り出した。
「で、自分のジャケットのことなんやけど」
びくんっとモヒカンが身体を硬直させる。

「実は、臭えば分かるんやけどね」
そういって牛山田はモヒカンの胸元あたりをクンクンと嗅いだ。
泣きそうな顔をしたモヒカンの奥歯がガチガチと鳴った。

「合皮です」
モヒカンは絞り出すような声で言う。

「ぼ、僕のは合皮です」
かすれた声で繰り返した。

やがて、モヒカンの全身をクンクンと嗅いでいた牛山田が言った。
「うん、たしかに、このジャケット合皮やね。セーフ!」

モヒカンは安堵から泣き笑いのような顔になった。

「でもベルトとブーツが本革やわ」
牛山田がそう言った瞬間、モヒカンの身体は宙を舞っていた。
体重の乗ったアッパーカットがきれいに入っていたのだ。

宙に舞うモヒカンの顔から、
涙と鼻水が飛び散り、キラキラと光りながら地面に落ちた。

「なんや、結局全員アウトやん」
3人の若者がのびている横で、
牛山田は肩をおとし、トボトボとその場を後にした。


「動いたらハラ減ってもうた。
牧草は無理にしても、草とか野菜的なモノないやろか」
そう言いながら牛山田は、
オレンジ色の看板の飲食店に入って行った。
”吉野家”と書いてあった。


数分後、
店主が顔を腫らして泣きながら出てきた。
作品名:牛山田さん 作家名:NAKAI RANDO