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神様症候群

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死んでみたら私は神様になった。
 何故死んだのかは覚えていないけれど、とにかく私は神様になった。
 目が覚めたら私は真っ白の世界にいて、水が欲しいと思えば足元に泉が湧いた。真っ白の世界に泉だけが滾々と湧いているのは、どこか不自然に感じた。
 だから私はそこに大地を創った。大地は広大だった。どこまでもどこまでも続いていた。おそらくこの大地は丸い。そう、地球のように。
 私は山を創り、川を創り、海を創った。かつて私が生きた世界と同じように地球を創った。それは懐かしく、そして美しかった。
 私はその美しい地球に動物を放った。ゾウ、キリン、兎、犬に猫。知りうる限りのありとあらゆる動物を世界に放った。けれど私の知っている動物なんて高が知れてる。なんとなく物足りなくなって、想像上の動物も放った。龍に麒麟、ペガサス、ユニコーン。
 けれど私は始まりの泉に自分の姿を映すたび、孤独を感じた。
 その孤独を癒す為、私は人間を創った。男女の対の人間は、私に笑いかけた。そして私を神として奉った。私に神殿を造り、供物を捧げた。
 しかし私はそんなことは望んでいなかった。ただ、友達として、話し相手として人間を創ったのに、彼らは私を畏れ奉り、決して対等な関係を築くことができなかった。
 そこで私は初めて知った。全ての物質は思い通りに創造することができるけれど、その心までは私にはどうすることもできないのだと。
 私にとっての一日は人間にとっての一年にも匹敵するようだった。人間は私を崇めながらどんどん増えていった。
 どんどん増えた人間はやがて地球を覆うようになった。そして次第に争いを始めるようになった。いくつかのグループに別れ戦争をし、幾百幾千もの死者を出しながらそれでも増えていった。死んでは生まれ生まれては死に、まるで殺し合いをする為に生まれてくるようだった。
 また、人間は私に勝手な願い事をするようになった。「某の土地が欲しい」「不老不死になりたい」「子供の病気を治して欲しい」私は気まぐれにその願いを叶えた。ある者には土地を与え、ある者には不老不死を与え、ある者の子供の病気を治した。
 だが叶えても叶えても、人の欲望には限りなかった。しかも多くの者が自分だけの幸福を願い、他人の不幸を省みなかった。
 私は人間の声を聞くことをやめた。神殿に閉じこもり、耳を塞いだ。
 もう何も見たくはないし、聞きたくはなかった。けれどそうしている間にも人間は増え、争い、殺し合う。
 私は神殿で蹲り、ただひたすらに考えた。いっその事、人間を根絶やしにしてしまおうか。そうすれば私はこんなにも醜い世界を見ずに済む。この私だけの地球を元の美しい世界に戻してあげられる。
 しかし私にはそんなことはできなかった。自分と同じ姿をもつ『人間』という生き物を、殺すことなどできなかった。
 はたして私は慈悲深い神だろうか?こんなにも醜く争い合う人間を、そのままにしておいてやるのは慈悲深い神の所業だろうか?
 そしてまた私にとっての幾年かが過ぎ、神殿で生きる屍のように過ごし、人々がやがて私のことを忘れ去る日を待った。そうしている間に私は少しずつこの世界に来る以前――つまり死ぬ前のことを少しずつ思い出してきた。
 私は平凡な少女だった。父はサラリーマン、母は共働きで家計を支えた。これまたどこにでもある平凡な家庭だ。私は毎日学校へ通い、友達もそれなりにいて、なんら不満はなかった。
 それなのに、私は何故死んだのだろう。『それなのに』何故、だって?妙な疑問だと思った。私は事故で死んだかもしれないのに、それなのにも何もないものだ。
 いや違う。違うのだ。私は。
 私は自ら死を選んだ。
 それは紛れもない事実である。今はっきりと思い出した。私は友達に裏切られたのだ。
 クラスでちょっとしたイジメが流行り、私が標的となった。誰も私を庇ってはくれなかった。友達もみんな、私の状況を見て見ぬふりをした。
 なんだかストーリーまで平凡である。だけど私にとっては天地がひっくり返るような大事だった。そう。自分の命の価値さえ分からなくなるほどに。そんな状況に耐えられなくなった私は、自宅マンションから飛び降りた。これが全てだ。
 そんな私が何故、今こんな状況に置かれているのか。この世界は一体なんなのか。
 そんな疑問を胸に、何年かぶりに神殿の外に出た。もう一度世界をよく見てみようと思ったのだ。いざ外に出てみれば、神殿はずいぶんと廃れていた。人間は誰も私を気にかけず、それぞれが好き勝手に生きているようである。けれどやはりまだ争っている。大きな争いから小さな争いまで、この世界は憎悪に満ちている。
 美しかった自然も破壊されつつあった。山々は削られ、河川は汚染され、動物達は乱獲されている。
 この世界は醜い。あまりにも醜い。私はこんな世界は望んでいない。望んでいない筈だ。
 それでもこの世界は私の心の映し鏡なのだ。私が創り上げた世界なのだ。
 何故人々が争うのか。その答えは簡単である。私の心がそう望んでいるからである。私の心が争いを好み、人間を許さず、憎悪に燃えているから人々は争うのである。
 自ら死を選んだ私がその恨みを捨てきることができず、そうしてこんな世界を創り上げてしまった。これは私の業である。
 私はこの世界にピリオドを打たねばならない。けれど、どうやって?
 その方法はもうすでに分かっている。
 許すのだ。全てを。私をいじめたクラスの奴らを、助けてくれなかった先生を、そして私を見捨てた友達を、許すのだ。
 しかし、できない。
 私はその場に立ち尽くした。こうも醜い自分の心を見せ付けられて尚、恨みを捨てきれない。
 その時だった。ふと、神殿の片隅に咲いている小さな花が目に入った。美しい。そう思うと涙が出た。これは私の良心だ。この小さな花が私の恨みを拭い去ってくれるような気がした。
 小さな花は風に吹かれて折れてしまいそうだけれど、それでも折れずにそこに立っている。しっかりと立っているその姿は健気で、力強く、そして優しい。
 私は泣いた。咽び泣いた。ぼろぼろと零れる涙と一緒に黒い心が洗われていくようだった。
 わんわん泣いて、どんどん心は晴れて、それと同時に世界は輝き始めた。光が世界を包み、私を包み、気がつけば初めて目覚めたあの真っ白の世界に戻っていた。
 私の体は段々と光に透けてゆき、ああ消えるのだと感じた。とても、とても安らかな気持ちだった。
 私は最後の最後であの小さな良心に縋り、全てを許すことができたのだろう。
 全てが消え去る瞬間、人々の幸福な笑顔を見たような気がした。
作品名:神様症候群 作家名:ハル