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Reborn

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 私が大学院を出て実家へと戻ってきたころ、友人から電話があった。
「少し話聞いてもらってもいい? これから迎えに行くから。」
私は大学院でのわずらわしい講義や人間関係から解放され、いわば「外圧」からようやく逃れたばかりだった。大学院の制度は人間の何もかもを規律する。国家試験合格を神託のように重視するという価値観から、自転車で往復する毎日の物理的な経路まで。制度は、心身の状態だけではなく、心の動きや体の仕草までも、手とり足とり操ってしまうのだった。私は操り人形だった。制度から解放された今、私はもはや糸の切れた操り人形で、だらしなく肢体を放り投げて、虚ろな目で観客、つまり社会を見返していた。
「いいよ。」
私は友人からの働きかけに対して自発的に応じることに快さを感じていた。糸の切れた操り人形がぜんまい仕掛けを手に入れて、友人の誘いによってねじが巻かれて今まさに自分の力で動きだそうとしていた。
 車の中で、友人は必要最小限のことしか話さなかった。何かの悩み事が彼をいつもより小さく見せた。今にも震えだしそうな沈んだ落ち着きがあった。私はそれを気遣いながらも、自分の中から湧き出る言葉の力には屈しきれなかった。私は、大学院がいかに大変だったか、自分みたいな他学部卒の人間が法学部卒の人間と同等に扱われることがどれだけ大変だったか、にもかかわらずきちんと修了できたことの素晴らしさ、そんなことを得々としゃべっていた。友人は丁寧に相槌を打ってくれたが、相槌は虚ろだった。発すべき言葉はほかにあるようだった。友人が相槌を打つのに飽きたころ、天竜というラーメン屋に着いた。開店間際で客は私たちしかいなかった。私たちは座敷に上がると、私はしょうゆチャーシューメン、友人はみそラーメン大盛を頼んだ。透明で安っぽい青づいたコップで水を飲みながら、友人は話し始めた。
「就職がうまくいかなくてさあ。」
友人には申し訳ないが、私にはうってつけの話題だった。友人が相談し、私がそれに対して自発的に、主体的にアドバイスする。アドバイスは私が自由にできることだ。制度からの解放の象徴だ。
「研究機関の助手のバイトなんだけど、三つ面接受けて、三つともだめだったんだ。」
「そう。」
「俺社会人向いてないのかなあ。」
友人は髪を短めにしていたが、その髪は少し乱れていて、乱れの隙間から頭皮が不規則に見えていた。ひげは剃っていた。
「うーん、社会人に向いてる人も向いてない人もいないんじゃないかな。自分を二重人格にする必要があるよ。社会人としての聡君と、社会から離れて好きなことをやってる聡君。」
「そうか。」
「うん。可能性を保つってことは大事なんだ。社会人に向いてないという単一の自分しかいないとつらい。でも、自分には二つの可能性がある。社会に適合する自分と社会に適合しない自分。この可能性の認識こそ希望の源だよ。小説を読んだり映画を見たりするのも同じだ。自分の人生が唯一だということを忘れさせてくれる。多数の人生の可能性を見せてくれるからね。人生の多数の可能性こそ希望の源。」
そんなことをしゃべっているうちにラーメンが届いた。前掛けをした中年のおばさんが持ってきた。私は箸を友人に取ってやり、二人は黙々と食べ始めた。友人はまだ何かを言いたそうだったがその決心がついていないようだった。食べ終わってから再び友人が口を開いた。
「最近自殺のことを考えるんだ。」
「ああ、鬱だね。」
「いや、そうじゃなくて、肯定的な自殺。」
「ああ、俺は今までこれだけのことをやったしこれだけ苦しんだんだから、それを肯定する意味で自殺するってことかい?」
「うん。区切りをつける意味で。自殺が最大の自己肯定になると思うんだ。」
「でもね、案外理屈つけても本当は感情で自殺を考えてることって多いよ。少し俺の話をしようか。」
「どうぞ。」
「俺はね、大学院時代、心底勉強に疲れた時、あらゆるものの価値が信じられなくなったんだ。デカルトはあらゆるものの正しさを方法的に懐疑した。俺はあらゆるものの価値を方法的に懐疑したんだ。つまり、学問や芸術に本当に価値はあるのか。どんな価値でも完全ではなく疑いうるのではないか。それで俺は自殺を考えた。でも、結局はなにもできなくなっちゃったんだ。だって、自殺もできないじゃない。自殺をするということは、自殺に何らかの価値を見出していることになる。だが、自殺の価値すら疑ってるんだから。かといって、何もしないでいることもできない。何もしないということは、何もしないことに価値を見出していることになるから。俺は何もしないことの価値も疑っていたんだ。そこでどうしようもないジレンマに陥った。何かをすることもしないこともできない。論理的に人間が自殺すべきだって証明されたら喜んで自殺しようと思った。でもね、結局は疲労だった。感情だったんだよ。いくら理詰めのつもりでも感情で自殺を考えてた。」
「そうか。じゃ俺も今回落ちたせいで感情的になってるのかもね。」
「たぶんね。」
天竜のラーメンはいまいちだった。スープの味付けが昔風で、麺が少し柔らかい。何よりもチャーシューがもそもそして脂身が少なかった。

作品名:Reborn 作家名:Beamte